雷の絶対領域と、デレたツンデレ
「……捕まえた」
ハヤトが右手を力強く握りしめた瞬間、闘技場を満たしていた無数の青白い光の粒子が、互いに共鳴し合い、一瞬にして凄まじい稲妻の線で結びついた。
バチィィィィィィッ!!!
それは、闘技場の空間そのものを覆い尽くす、巨大な立体的な『雷の網』だった。
点でもなく、線でもない。ハヤトの「空間全体を俺の理で支配する」という強烈な願いが、この闘技場を『雷の絶対領域』へと書き換えたのだ。
「なっ……何よこれッ!?」
上空からハヤトを粉砕すべく落下してきたシルフィの巨大な竜巻の槍――《神罰の暴風槍》が、張り巡らされた雷の網に激突する。
通常であれば、圧倒的な質量を持つ竜巻が雷の網など容易く引きちぎり、ハヤトを飲み込むはずだ。
だが、ハヤトの魔法は物理法則(破壊力や質量)で抵抗しているわけではなかった。
「解けろ」
ハヤトが静かに命じると、雷の網はゴムのように柔軟にしなり、巨大な竜巻を優しく包み込んだ。そして、風を構成している魔力の結合部へと光の糸が入り込み、強制的に魔法の構造を中和し、霧散させていく。
荒れ狂っていた暴風が、ハヤトの頭上に届く頃には、ただの心地よいそよ風へと変わっていた。
「私の……最高の魔法が、嘘でしょ……っ!?」
空中で魔力を使い果たし、最大の絶技を完全に無力化されたシルフィは、驚愕に目を見開いたまま、推進力を失って空から落下し始めた。
「きゃあぁっ……!」
数メートルの高さから、無防備な状態で石畳へ真っ逆さまに落ちていく。
だが、彼女が地面に激突することはなかった。
「――受け止めろ」
ハヤトが再び指先を動かすと、空間に張り巡らされていた雷の網が一斉にシルフィの下へと集束し、何層にも重なる柔らかい光のクッションへと姿を変えた。
ボフンッ、という優しい音とともに、シルフィの身体は雷のクッションに弾み、一切の怪我なくふわりと受け止められた。
「あ……」
そして、光のクッションが霧散した直後、ハヤトが駆け寄り、へたり込んだシルフィの身体を優しく抱き起こした。
「怪我は、ないですか? シルフィさん」
至近距離で覗き込んでくるハヤトの顔。
彼は、自分自身の制服をボロボロにされ、血を流しているというのに、真っ先に敵である彼女の身を案じて微笑んでいた。
静まり返っていたコロシアムに、審判の震える声が響き渡った。
「そ、勝負ありッ!! 勝者、ハヤトォォォォォッ!!!」
その宣言を皮切りに、コロシアムは割れんばかりの大歓声と熱狂に包み込まれた。
学園の頂点に君臨する四極の一角が、Fランクの落ちこぼれに完璧な形で敗北したのだ。それは、ルミナス魔法学園の歴史を根底から覆す瞬間だった。
貴賓席では、テラが「すっげえええっ!」と大興奮で身を乗り出し、アクアが「よかったぁ……!」と感動の涙を拭っている。
そして、闇の天才ノクスは、口元に微かな笑みを浮かべて「……合格ね」と小さく呟いた。
「あ、あの……シルフィさん? 立てますか?」
歓声が鳴り響く中、ハヤトは腕の中で固まっているシルフィに声をかけた。
シルフィは、ハヤトの顔を呆然と見上げていた。
これまで、彼女の人生は「天才」という称号と「風」という絶対的な力に守られてきた。誰も彼女に追いつけず、誰も彼女を本当の意味で受け止めてはくれなかった。
だが今、目の前にいる少年は、彼女の最高の魔法を真っ向から受け止め、破り、そして落ちていく彼女自身を、こんなにも優しく、温かい力で抱きとめてくれたのだ。
シルフィの翠緑の瞳から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「っ……ばか。あんた、血が出てるじゃない……」
「あはは、少し掠っただけです。シルフィさんの風、本当に凄かった。俺一人じゃ、絶対にあそこまで魔法を広げられなかった」
「……この、ド変態……落ちこぼれ……。私の魔法を破るなんて……」
シルフィは顔を真っ赤にして、ハヤトの胸にコテンと額を押し付けた。
そして、周囲の歓声にかき消されるほどの小さな、けれど甘く震える声で呟いた。
「……負けたわ。あんたの……あんたの魔法のほうが、綺麗だった」
それは、学園一のツンデレ美少女が、初めて一人の男に完全に「デレた」瞬間だった。
彼女はギュッとハヤトの制服を握りしめ、しばらくの間、彼の手を借りて立ち上がろうとはしなかった。
ハヤトの新たな魔法の覚醒。そして、風の天才の陥落。
この日を境に、ハヤトは「Fランクの落ちこぼれ」から、「四極をも凌駕する学園の伝説」へと、その名を轟かせることになるのだった。




