願いの確信と、雷の領域
「――《風刃の乱舞》ッ!!」
闘技場の上空を舞うシルフィの指先から、無限とも思える数の見えない風の刃が降り注ぐ。
ハヤトは『キャパシタシールド』を構え、雷のドームを展開して必死に防ぎ続けていたが、全方位から襲い来る無数の刃を完全に相殺することはできず、制服は至る所が切り裂かれ、頬や腕から赤い血が流れていた。
「ハヤト君……っ!」
「あちゃー……やっぱシルフィの奴、容赦ねえな」
貴賓席で、アクアが両手を組んで祈るように目を潤ませ、テラが悔しそうに拳を握りしめている。
だが、そのさらに奥で、ノクスだけは静かにハヤトの魔力の推移を観察していた。
(彼はまだ、自分の魔力に迷っている。……何を『願う』べきか、定まっていないのね)
闘技場の中央で、ハヤトは荒い息を吐きながら膝をついた。
(強い……。圧倒的だ)
シルフィの魔法は、単なる風の塊をぶつけているのではない。彼女の放つ風は、まるで彼女自身の手足のように自在に動き、闘技場という空間そのものを支配している。
対してハヤトは、軌道を曲げられるようになったとはいえ、まだ雷を「点から線へ放つ飛び道具」としてしか認識していなかった。
だから、空間全体を制圧するシルフィの風に、手数で完全に押し込まれているのだ。
「どうしたの、ハヤト! あんたの雷は、そんなものじゃないでしょ!」
上空から、シルフィの叱咤するような声が降ってくる。
彼女は勝ち誇っているわけではない。本気でハヤトの実力を引き出そうと、一切の手加減を捨てて彼を追い込んでいるのだ。
「……ッ、雷よ、穿て!!」
ハヤトは盾の陰から右手を突き出し、上空のシルフィへ向けて極太の雷撃を放った。
しかし。
「軌道が単調よ! そんな点の攻撃じゃ、私の風は捕まえられないわ!」
シルフィは空中で軽やかに舞い、雷撃を紙一重で躱す。そして、躱すと同時に反撃の風の刃をハヤトの足元へと放ち、彼の体勢を大きく崩させた。
ドサッ、と闘技場の石畳に倒れ込むハヤト。
(なぜ当たらない? なぜ防げない? 風速と、雷の到達速度の差か……?)
無意識に、ハヤトの脳裏に物理の計算式が浮かび上がる。
『ジリリッ……!』
呪いの頭痛が、ハヤトの脳をチクリと刺した。
「……違うッ!!」
ハヤトは頭を振り、物理の思考を完全に叩き割った。
プロセスを考えるな。俺は今、雷を『どうやって飛ばすか』に囚われている。それでは、魔法ではなくただの物理現象だ。
(風が見えないなら、見えるようにすればいい。躱されるなら、逃げ場をなくせばいい。……点と線じゃない。俺の願いで、この空間全体を『俺の理』で上書きするんだ!)
ハヤトはゆっくりと立ち上がった。
血を流し、満身創痍に見えるその姿から、これまでとは全く異質の、静かで、しかし底知れない魔力の波動が溢れ出し始める。
「……そうよ、それでこそ私のライバルだわ」
上空のシルフィが、ハヤトの魔力の変化を感じ取り、ゾクッとするような笑みを浮かべた。
彼女もまた、この一撃で決着をつけるべく、自らの持つすべての魔力を両手に集束させ始める。
ゴォォォォォォッ!!
闘技場内に、凄まじい竜巻が発生した。シルフィを中心に、空気が圧縮され、巨大な一本の『竜巻の槍』へと姿を変えていく。それは、闘技場の防護結界すら揺るがすほどの、学園最強の風の極致だった。
「これで終わりよ、ハヤト! 《神罰の暴風槍》ッ!!」
シルフィが両腕を振り下ろす。
巨大な竜巻の槍が、周囲の空気を削り取りながら、ハヤトを跡形もなく消し去るべく一直線に落下してきた。
観客席から悲鳴が上がる。
だが、ハヤトは逃げなかった。
彼は瞳を閉じ、自らの内なる『願い』を、絶対的な確信を持って世界へと叩きつけた。
(雷は線じゃない。……空間に留まり、網目を結び、世界を包み込む『面』となれ!!)
ハヤトは両手を大きく広げた。
その瞬間。
ハヤトの身体から放たれた青白い光が、闘技場の空間そのものに無数の『光の点』として停滞し始めた。
「な……に、これ……?」
落下していくシルフィが、驚愕に目を見開く。
闘技場の空間を埋め尽くすように、無数の青白い光の粒子がフワフワと浮遊している。
それは、ハヤトが放った雷の魔力が、世界に干渉し、空間そのものに固定された姿だった。
「……捕まえた」
ハヤトが静かに目を開き、その右手を、まるで空間の糸を引くようにスッと握りしめた。
新しい魔法の戦法が、今、完全に産声を上げたのだ。




