風の天才との激突と、見えない刃
学内ランキング戦、準々決勝。
闘技場を包む歓声は、これまでのどの試合よりも異常な熱を帯びていた。
Fランクから怒涛の快進撃を続け、無敗でここまで勝ち上がってきた謎多き少年ハヤト。そして、彼を迎え撃つのは、学園の四極に君臨する風の天才、エルフのシルフィである。
闘技場の中央で、二人は数十メートルの距離を空けて対峙した。
「……まさか、本当にここまで勝ち上がってくるなんてね」
シルフィが、長い金糸のような髪を風に靡かせながら、ふっと口角を上げた。
いつものツンケンした態度の裏に、隠しきれない高揚感が滲み出ている。彼女は、森の泉で自分の魔法を撃ち落としたハヤトのあの『雷』と、本気で戦えることを楽しみにしていたのだ。
「約束通り、ここまで来ましたよ、シルフィさん」
「勘違いしないでよね。私はただ、あんたが他の雑魚に負けるのが許せなかっただけ。……あの時の雷がまぐれじゃないってこと、私の全霊をもって証明してあげるわ」
審判が右手を高く掲げた。
「両者、構えッ!」
ハヤトは背中の大盾――『キャパシタシールド』を左腕に装着した。
これまでの試合はすべて「一瞥の雷撃」で瞬殺してきたが、学園最強のシルフィ相手に、盾なしで挑むような驕りはない。
シルフィもまた、杖を構えずにスッと両手を前方に向けた。
「――試合、開始ッ!!」
審判の腕が振り下ろされた瞬間、シルフィの姿がフッと掻き消えた。
「っ!?」
ハヤトが息を呑むより早く、シルフィは自らの身体を風に乗せ、超高速で闘技場の宙を舞っていた。
物理的な脚力ではなく、気流を操って空中を滑るような動き。そして、空中に留まった彼女の指先から、無数の魔法陣が展開される。
「吹き荒れなさい! 《風刃の乱舞》ッ!!」
不可視の風の刃が、四方八方からハヤトに向かって殺到した。
Cランクのライオネルが放ったような、分かりやすい火球ではない。目に見えない刃が、空気を切り裂く鋭い音だけを伴って迫り来る。
「――雷よ、弾けッ!」
ハヤトは盾を前に構え、右手を横に薙ぎ払った。
青白い雷のドームが展開され、風の刃と衝突して激しい火花を散らす。
ガガガガガガッ!!
「くっ……!」
ハヤトは歯を食いしばった。
雷のドームで防いではいるが、シルフィの風の刃は一撃一撃が重く、凄まじい連射速度で盾を削り取ってくる。
かつてのように物理演算で「気圧の差」を予測して相殺しようとする思考が顔を出すが、それをすぐに振り払う。
(見えない攻撃を、どうやって防ぐ? いや、考えるな。結果をイメージしろ!)
ハヤトは「見えない刃をすべて弾き返す硬い壁」を強くイメージして、盾に雷の魔力を注ぎ込んだ。
だが、シルフィの魔法は、ハヤトの想像のさらに上を行っていた。
「私の風は、止まらないわよッ!」
シルフィが指を鳴らす。
すると、雷のドームで弾かれたはずの風の刃が、まるで生きた蛇のように空中でUターンし、ハヤトの背後や死角から再び襲いかかってきたのだ。
「なっ……誘導弾!?」
背後から迫る不可視の刃を、ハヤトは間一髪で身を捩って躱すが、制服の袖が鋭く切り裂かれ、浅く血が滲む。
(これが、風の天才……。彼女のイメージは、風を完全に『自在な刃』として世界に固定している!)
ハヤトは初めて、自分と同等か、それ以上に「魔法の理」を理解し、自由自在に世界へ命令を下している強敵と対峙していることを肌で感じていた。
「どうしたの、ハヤト! 防御ばかりじゃ、いつか切り刻まれるわよ!」
空中で軽やかに舞うシルフィが、挑発するように笑う。
彼女は決して手加減などしていない。ハヤトなら、この猛攻を凌ぎ切り、あの泉で見せたような圧倒的な雷で反撃してくると信じているからこその全力だ。
「……なら、こっちから行くッ!!」
ハヤトは盾を構えたまま、地面を蹴ってシルフィの直下へと疾走した。
「――貫けッ!」
指先から、シルフィへ向けて極太の雷撃を放つ。
直進ではなく、彼女の回避先を予測して曲がる、ホーミングの雷撃だ。
「甘いッ!」
シルフィは空中で両手を交差させた。
ドーム状に展開された分厚い突風の壁――《風の防壁》が、ハヤトの雷撃を真正面から受け止める。
バチィィィィッ!と激しい火花が散るが、風の壁は雷を上手く受け流し、シルフィには傷一つ届かない。
(攻守ともに隙がない。……どうすれば、あの風の絶対領域を崩せる?)
激しい攻防の中、ハヤトの息が上がり始める。
純粋なイメージのぶつかり合い。学園最高峰の風の魔法の前に、ハヤトは徐々に防戦一方へと追い込まれつつあった。




