表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

鎖分銅と静電拘束《エレキ・バインド》

迫り来る『坑道猟犬』の群れを前に、ハヤトはガルドから投げ渡された鎖分銅を握り直した。

ずしりとした鉄の重みが、手のひらに冷たく伝わってくる。




『よいか、マスター。お前の貧弱な肉体では、遠くの敵に直接高圧電流を放つことはできん』




視界の端で、教授が素早く空間に青い回路図を描き出す。




『だが、その鎖を“導線ケーブル”として使えば話は別じゃ。金属は電気をよく通す。鎖を床に這わせ、そこへ電荷を流し込めば、お前の体から離れた場所に安全な“回路”を拡張できる!』




「……なるほど。そういうことか」




ハヤトは教授の意図を瞬時に理解した。

坑道の床には地下水が薄く広がり、全体が湿っている。

これなら、鎖分銅を遠距離への回路として利用し、水を通じて広範囲の地面を特定の電荷で満たすことができる。





「リアナさん、ガルドさん! 前に出ないで、俺の鎖より後ろに下がって!」




「ハヤト!?」




「いいから、下がれ!」




ハヤトのただならぬ気迫に押され、前衛の二人がステップを踏んで後退する。

猟犬の群れが、獲物が逃げたと判断して一斉に飛び出してきた。

ハヤトは鎖分銅の重り部分を右手に持ち、投擲の構えを取る。

狙うのは、敵の身体ではない。

猟犬たちと自分たちの中間地点、水が溜まった坑道の『床』だ。





「いけぇっ!」




ハヤトは分銅を腕の力だけで放り投げた。

剣も振ったことのない細腕では、大したスピードは出ない。

だが、重りを先頭にして放物線を描いた鎖は、猟犬たちの目の前を横切るようにして、ピチャリと湿った床に落ちた。

猟犬たちは、突然目の前に落ちてきたただの鉄くずに見向きもせず、その上を跨いで飛びかかろうとする。




(今だ……!)




『流し込め、マスター! 対象の足裏と床に、引力プラスとマイナスを発生させるのじゃ!』




ハヤトは手元に残った鎖の端を両手で強く握りしめ、ミナという『アース(逃がし道)』に背中を支えられた状態のまま、ありったけの静電気(マイナス電荷)を鎖へと流し込んだ。

バチバチィッ!

青白い火花がハヤトの手元から鎖を伝い、蛇のように床を走る。

鎖を通じて、床一帯の水たまりが強烈なマイナスの電場へと変貌した。

同時に、その上を跳躍しようとしていた猟犬たちの足裏に、静電気の誘導(プラス電荷)が引き起こされる。






「──地面に貼り付け、《静電拘束エレキ・バインド》ッ!」






ハヤトの叫びと共に、目に見えない強烈なクーロンの引力が、猟犬たちの足裏と床の間に発生した。




「ギャンッ!?」




「キャインッ!」




宙に浮きかけていた猟犬たちの身体が、見えない巨大な磁石に吸い寄せられたように、ズドンッ! と床に叩きつけられた。

四肢が床にへばりつき、どれだけ藻掻いても一歩も前へ進めない。

進路が封鎖され、完全に動きが封じられたのだ。





「な、なんだこりゃあ……! 犬どもが、床にくっついてるぞ!?」




驚愕の声を上げるガルド。

物理学を持たないこの世界の人間からすれば、ハヤトの引き起こした現象は、まるで強力な重力魔法か何かにしか見えないだろう。




「今です、ガルドさん! リアナさん! 俺が止めてる間に!」




「……っ、上等だ! いくぞリアナ!」




「任せて!」




驚きからいち早く立ち直った二人が、床に縫い留められた猟犬たちへと躍り出る。

動けない敵など、歴戦の冒険者にとってはただの的でしかない。

ガルドが盾の重みで猟犬の頭蓋を砕き、リアナが双刃を閃かせて次々と急所を貫いていく。

一方的な蹂躙。

ものの十秒足らずで、残っていた猟犬の群れは全て物言わぬ骸へと変わった。




「はぁっ、はぁっ……」




ハヤトは鎖から手を離し、その場にへたり込んだ。

今回は、背中のミナが完璧なアースとして余剰な熱を大地へ逃がしてくれたおかげで、身体が焼き切れるような激痛はない。

ただ、極度の集中と魔力の放出による疲労だけが、心地よい重さとなって全身を包んでいた。





「……終わった、のか?」




血まみれの短剣を振り払いながら、リアナが信じられないといった顔で振り返る。




「ハヤト、お前……今、何をやったんだ?」




ガルドが大盾を下ろし、ハヤトの元へ歩み寄ってきた。

その顔には、隠しきれない驚きと、深い感嘆の色が浮かんでいる。




「ただの鉄の鎖を投げたと思ったら、魔物の動きが完全に止まった。あれは、雷の魔術なんかじゃない。お前、一体どんな理屈で……」




「……引力、です」




ハヤトは荒い息を整えながら、答えた。





「俺の静電気を鎖に流して、床と魔物の足の間に、見えない『引き合う力』を作ったんです。……敵の動線を封じるための、俺なりの戦い方です」






ガルドは、落ちている鎖と、ハヤトの顔を交互に見比べた。

そして、フッと口元を緩め、大きな手でハヤトの頭をガシガシと乱暴に撫で回した。




「すげぇよ、お前。魔法で敵を焼き払うことしか頭にない馬鹿どもには、一生思いつかない戦い方だ」




「ガルドさん……」




「敵の攻撃を受けるんじゃなく、最初から動けなくして『戦場をコントロールする』。……ハヤト、お前は立派な『タンク』だ」




それは、最弱と蔑まれてきた少年が、戦場の要として正式に認められた瞬間だった。




『くくっ。よくやったぞ、マスター。これでようやく、お前も一人前の回路設計者の端くれじゃな』




視界の端で、教授が満足げに頷く。

ハヤトは背中を支えてくれているミナを見上げ、小さく笑い返した。

王都の地下深く、冷たく暗い旧坑道の中で。

理系タンクという規格外の冒険者が、確かに産声を上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ