鎖分銅と静電拘束《エレキ・バインド》
迫り来る『坑道猟犬』の群れを前に、ハヤトはガルドから投げ渡された鎖分銅を握り直した。
ずしりとした鉄の重みが、手のひらに冷たく伝わってくる。
『よいか、マスター。お前の貧弱な肉体では、遠くの敵に直接高圧電流を放つことはできん』
視界の端で、教授が素早く空間に青い回路図を描き出す。
『だが、その鎖を“導線”として使えば話は別じゃ。金属は電気をよく通す。鎖を床に這わせ、そこへ電荷を流し込めば、お前の体から離れた場所に安全な“回路”を拡張できる!』
「……なるほど。そういうことか」
ハヤトは教授の意図を瞬時に理解した。
坑道の床には地下水が薄く広がり、全体が湿っている。
これなら、鎖分銅を遠距離への回路として利用し、水を通じて広範囲の地面を特定の電荷で満たすことができる。
「リアナさん、ガルドさん! 前に出ないで、俺の鎖より後ろに下がって!」
「ハヤト!?」
「いいから、下がれ!」
ハヤトのただならぬ気迫に押され、前衛の二人がステップを踏んで後退する。
猟犬の群れが、獲物が逃げたと判断して一斉に飛び出してきた。
ハヤトは鎖分銅の重り部分を右手に持ち、投擲の構えを取る。
狙うのは、敵の身体ではない。
猟犬たちと自分たちの中間地点、水が溜まった坑道の『床』だ。
「いけぇっ!」
ハヤトは分銅を腕の力だけで放り投げた。
剣も振ったことのない細腕では、大したスピードは出ない。
だが、重りを先頭にして放物線を描いた鎖は、猟犬たちの目の前を横切るようにして、ピチャリと湿った床に落ちた。
猟犬たちは、突然目の前に落ちてきたただの鉄くずに見向きもせず、その上を跨いで飛びかかろうとする。
(今だ……!)
『流し込め、マスター! 対象の足裏と床に、引力を発生させるのじゃ!』
ハヤトは手元に残った鎖の端を両手で強く握りしめ、ミナという『アース(逃がし道)』に背中を支えられた状態のまま、ありったけの静電気(マイナス電荷)を鎖へと流し込んだ。
バチバチィッ!
青白い火花がハヤトの手元から鎖を伝い、蛇のように床を走る。
鎖を通じて、床一帯の水たまりが強烈なマイナスの電場へと変貌した。
同時に、その上を跳躍しようとしていた猟犬たちの足裏に、静電気の誘導(プラス電荷)が引き起こされる。
「──地面に貼り付け、《静電拘束》ッ!」
ハヤトの叫びと共に、目に見えない強烈なクーロンの引力が、猟犬たちの足裏と床の間に発生した。
「ギャンッ!?」
「キャインッ!」
宙に浮きかけていた猟犬たちの身体が、見えない巨大な磁石に吸い寄せられたように、ズドンッ! と床に叩きつけられた。
四肢が床にへばりつき、どれだけ藻掻いても一歩も前へ進めない。
進路が封鎖され、完全に動きが封じられたのだ。
「な、なんだこりゃあ……! 犬どもが、床にくっついてるぞ!?」
驚愕の声を上げるガルド。
物理学を持たないこの世界の人間からすれば、ハヤトの引き起こした現象は、まるで強力な重力魔法か何かにしか見えないだろう。
「今です、ガルドさん! リアナさん! 俺が止めてる間に!」
「……っ、上等だ! いくぞリアナ!」
「任せて!」
驚きからいち早く立ち直った二人が、床に縫い留められた猟犬たちへと躍り出る。
動けない敵など、歴戦の冒険者にとってはただの的でしかない。
ガルドが盾の重みで猟犬の頭蓋を砕き、リアナが双刃を閃かせて次々と急所を貫いていく。
一方的な蹂躙。
ものの十秒足らずで、残っていた猟犬の群れは全て物言わぬ骸へと変わった。
「はぁっ、はぁっ……」
ハヤトは鎖から手を離し、その場にへたり込んだ。
今回は、背中のミナが完璧なアースとして余剰な熱を大地へ逃がしてくれたおかげで、身体が焼き切れるような激痛はない。
ただ、極度の集中と魔力の放出による疲労だけが、心地よい重さとなって全身を包んでいた。
「……終わった、のか?」
血まみれの短剣を振り払いながら、リアナが信じられないといった顔で振り返る。
「ハヤト、お前……今、何をやったんだ?」
ガルドが大盾を下ろし、ハヤトの元へ歩み寄ってきた。
その顔には、隠しきれない驚きと、深い感嘆の色が浮かんでいる。
「ただの鉄の鎖を投げたと思ったら、魔物の動きが完全に止まった。あれは、雷の魔術なんかじゃない。お前、一体どんな理屈で……」
「……引力、です」
ハヤトは荒い息を整えながら、答えた。
「俺の静電気を鎖に流して、床と魔物の足の間に、見えない『引き合う力』を作ったんです。……敵の動線を封じるための、俺なりの戦い方です」
ガルドは、落ちている鎖と、ハヤトの顔を交互に見比べた。
そして、フッと口元を緩め、大きな手でハヤトの頭をガシガシと乱暴に撫で回した。
「すげぇよ、お前。魔法で敵を焼き払うことしか頭にない馬鹿どもには、一生思いつかない戦い方だ」
「ガルドさん……」
「敵の攻撃を受けるんじゃなく、最初から動けなくして『戦場をコントロールする』。……ハヤト、お前は立派な『盾』だ」
それは、最弱と蔑まれてきた少年が、戦場の要として正式に認められた瞬間だった。
『くくっ。よくやったぞ、マスター。これでようやく、お前も一人前の回路設計者の端くれじゃな』
視界の端で、教授が満足げに頷く。
ハヤトは背中を支えてくれているミナを見上げ、小さく笑い返した。
王都の地下深く、冷たく暗い旧坑道の中で。
理系タンクという規格外の冒険者が、確かに産声を上げたのだった。




