表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

大地の適性と、安全装置(アース)




坑道の奥から響いてきたのは、岩肌を爪で引っ掻くような、複数の鋭い足音だった。

ハヤトの網膜に投影されたARの索敵網が、赤い光点を次々と映し出していく。




「五……いや、八体! 速いです、ゴブリンとは比べ物にならない!」




「チッ、血の匂いを嗅ぎつけたか。リアナ、俺の背後に回れ! 陣形を固めるぞ!」




ガルドの怒声と共に、闇の中から四つんばいの獣たちが姿を現した。

『坑道猟犬』だ。

痩せこけて肋骨が浮き出ているが、その分だけ身軽で、鋭い牙からは涎が滴り落ちている。

彼らは群れで狩りを行い、獲物の脚と喉を執拗に狙う危険な魔物だった。


他 1 件




「グルァァッ!」




先頭の三体が、弾かれたようにガルドへと襲いかかる。




「来い、犬どもッ!」




ガルドがカイトシールドを構え、猟犬たちの飛び掛かりを的確な角度で受け流す。

衝撃をいなし、体勢を崩した犬の喉元へ、死角から飛び出したリアナの短剣が突き立てられる。

前衛二人の連携は完璧だった。

しかし、坑道猟犬の真の恐ろしさは、その『回り込み』の知能にあった。


他 1 件




「ハヤト君、右から来ます!」




ミナの悲痛な叫び声。

ハヤトが弾かれたように右を見ると、岩陰の死角を迂回してきた二体の猟犬が、後衛であるミナに向かって跳躍しようとしていた。




(しまっ……前衛の二人は塞がってる。俺が、ミナさんを守らないと!)




『マスター、落ち着け! 奴らを押し返すのじゃ!』




教授の言葉に、ハヤトは両手を前に突き出した。

対象の進行を阻害する、見えない高低差。

クーロンの反発力(斥力)を空間に展開する防壁、《エレキ・リペル》。

ハヤトは体内の残存魔力を一気に引き上げ、右腕の導線へ叩き込んだ。





「近づく、なああぁぁっ!」




バチバチィッ!

ハヤトの掌から、強烈な静電気の壁が前方に放出される。

空中で跳躍していた二体の猟犬が、まるで見えないゴム壁に激突したかのように「キャンッ!」と悲鳴を上げ、後方へと弾き飛ばされた。





「やった……!」




だが、その安堵は一瞬だった。

猟犬を弾き飛ばした直後、ハヤトの肉体を、血管が沸騰するような激痛が襲った。




「が、ああぁっ!?」




ハヤトはその場に崩れ落ち、胸を掻き毟った。

極細の導線(貧弱な身体)に、限界を超える大電流を流し込んだ代償。

発生した莫大な『ジュール熱』が、ハヤトの体内から逃げ場を失い、彼自身の内臓と神経を焼き切ろうとしていたのだ。

視界が赤く染まり、呼吸ができない。


他 1 件




『いかん、熱暴走じゃ! マスター、放電を止めろ! このままではお前自身が焼け焦げるぞ!』




教授がARの中で警告のウィンドウを乱点滅させるが、ハヤトの身体は激しい痙攣を起こし、魔力の制御を完全に失っていた。

パチパチと、ハヤトの全身から危険な火花が散り始める。




「ハヤト君!」




その時、ミナが躊躇うことなくハヤトに駆け寄り、背中から彼を強く抱きしめた。

ビリィッ、とミナのローブが静電気で焦げる。




「離れろ……ミナさん、巻き込まれ、る……ッ!」




「大丈夫です! 私を信じて!」




ミナはハヤトの背中に両手を密着させ、目を閉じた。

彼女の持つ魔力の適性は『土(大地)』。

彼女の家系は代々、“地の司祭”として守りの術式を受け継いできた系譜だった。

ミナの口から、紡がれる祈りのような詠唱。





「──母なる大地よ。淀みを吸い上げ、その懐へと還したまえ《アース・ヒール》」




その瞬間。

ハヤトの体内で暴れ狂っていた莫大な熱と過剰な電流が、ミナの身体を『導線』として通り抜け、彼女が膝をつく坑道の地面へと、一気に吸い込まれていった。

物理学における、完全な『グラウンド(接地)』。

ミナの『Erd(大地)』という名に秘められた、暴発を止める“逃がし道”としての機能だった。





「はぁっ、はぁっ……熱が、引いていく……」




ハヤトの全身を焼いていた激痛が嘘のように消え去る。

過剰なノイズが大地へとアースされ、ハヤトの魔力回路が正常な冷たさを取り戻したのだ。






『……おお。なんと見事なアースじゃ。この娘の大地の適性が、お前の暴走を完全に中和しおった』






視界の端で、教授が感嘆の声を漏らす。

ハヤトは荒い息を吐きながら、背中を支えてくれているミナを振り返った。




「ミナさん、怪我は……」




「平気です。少しビリッとしましたけど」




ミナは額に汗を浮かべながらも、安心したように微笑んだ。

その笑顔を見て、ハヤトは強く拳を握りしめた。

自分は一人ではない。

行き場のない過剰なエネルギーを受け止め、安全に逃がしてくれる『安全装置アース』が、自分のすぐ背後にいてくれるのだ。




「ハヤト、ミナ! 無事か!」




前方の猟犬を片付けたガルドが、盾を構えながら怒鳴る。

だが、弾き飛ばされた二体の猟犬が再び立ち上がり、さらに奥からは新たな群れの足音が迫ってきていた。




「大丈夫です! ガルドさん、俺に……戦場をコントロールする武器をください!」




「武器だと? お前は剣なんて振れないだろう!」




「剣じゃなくていい! 何か、長くて、電気を通す金属の……!」




ハヤトの叫びに、ガルドは一瞬だけ目を見開き、そしてニヤリと笑った。




「……チッ、無茶を言う奴だ」




ガルドは腰の予備武器袋を探り、一つの鈍器を取り出してハヤトの足元へ投げ捨てた。

それは、長い鉄の鎖の先端に、重い分銅がついた武器だった。





「『鎖分銅』だ! 扱いは難しいが、お前の欲しがってる『長くて電気を通す金属』だろ!」




ハヤトは床に落ちた鎖分銅を拾い上げた。

ずしりとした冷たい鉄の感触。





『くははっ! 素晴らしい! これならお前の体から離れた場所へ、自由に回路を伸ばせるぞ!』




教授が歓喜の声を上げる。

ハヤトは鎖を握りしめ、前方に迫る猟犬の群れを見据えた。

ミナという完璧なアースを得て、そして鎖という新たな導線ケーブルを手に入れた。

理系タンクの真の反撃が、ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ