大地の適性と、安全装置(アース)
坑道の奥から響いてきたのは、岩肌を爪で引っ掻くような、複数の鋭い足音だった。
ハヤトの網膜に投影されたARの索敵網が、赤い光点を次々と映し出していく。
「五……いや、八体! 速いです、ゴブリンとは比べ物にならない!」
「チッ、血の匂いを嗅ぎつけたか。リアナ、俺の背後に回れ! 陣形を固めるぞ!」
ガルドの怒声と共に、闇の中から四つんばいの獣たちが姿を現した。
『坑道猟犬』だ。
痩せこけて肋骨が浮き出ているが、その分だけ身軽で、鋭い牙からは涎が滴り落ちている。
彼らは群れで狩りを行い、獲物の脚と喉を執拗に狙う危険な魔物だった。
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「グルァァッ!」
先頭の三体が、弾かれたようにガルドへと襲いかかる。
「来い、犬どもッ!」
ガルドがカイトシールドを構え、猟犬たちの飛び掛かりを的確な角度で受け流す。
衝撃をいなし、体勢を崩した犬の喉元へ、死角から飛び出したリアナの短剣が突き立てられる。
前衛二人の連携は完璧だった。
しかし、坑道猟犬の真の恐ろしさは、その『回り込み』の知能にあった。
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「ハヤト君、右から来ます!」
ミナの悲痛な叫び声。
ハヤトが弾かれたように右を見ると、岩陰の死角を迂回してきた二体の猟犬が、後衛であるミナに向かって跳躍しようとしていた。
(しまっ……前衛の二人は塞がってる。俺が、ミナさんを守らないと!)
『マスター、落ち着け! 奴らを押し返すのじゃ!』
教授の言葉に、ハヤトは両手を前に突き出した。
対象の進行を阻害する、見えない高低差。
クーロンの反発力(斥力)を空間に展開する防壁、《エレキ・リペル》。
ハヤトは体内の残存魔力を一気に引き上げ、右腕の導線へ叩き込んだ。
「近づく、なああぁぁっ!」
バチバチィッ!
ハヤトの掌から、強烈な静電気の壁が前方に放出される。
空中で跳躍していた二体の猟犬が、まるで見えないゴム壁に激突したかのように「キャンッ!」と悲鳴を上げ、後方へと弾き飛ばされた。
「やった……!」
だが、その安堵は一瞬だった。
猟犬を弾き飛ばした直後、ハヤトの肉体を、血管が沸騰するような激痛が襲った。
「が、ああぁっ!?」
ハヤトはその場に崩れ落ち、胸を掻き毟った。
極細の導線(貧弱な身体)に、限界を超える大電流を流し込んだ代償。
発生した莫大な『ジュール熱』が、ハヤトの体内から逃げ場を失い、彼自身の内臓と神経を焼き切ろうとしていたのだ。
視界が赤く染まり、呼吸ができない。
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『いかん、熱暴走じゃ! マスター、放電を止めろ! このままではお前自身が焼け焦げるぞ!』
教授がARの中で警告のウィンドウを乱点滅させるが、ハヤトの身体は激しい痙攣を起こし、魔力の制御を完全に失っていた。
パチパチと、ハヤトの全身から危険な火花が散り始める。
「ハヤト君!」
その時、ミナが躊躇うことなくハヤトに駆け寄り、背中から彼を強く抱きしめた。
ビリィッ、とミナのローブが静電気で焦げる。
「離れろ……ミナさん、巻き込まれ、る……ッ!」
「大丈夫です! 私を信じて!」
ミナはハヤトの背中に両手を密着させ、目を閉じた。
彼女の持つ魔力の適性は『土(大地)』。
彼女の家系は代々、“地の司祭”として守りの術式を受け継いできた系譜だった。
ミナの口から、紡がれる祈りのような詠唱。
「──母なる大地よ。淀みを吸い上げ、その懐へと還したまえ《アース・ヒール》」
その瞬間。
ハヤトの体内で暴れ狂っていた莫大な熱と過剰な電流が、ミナの身体を『導線』として通り抜け、彼女が膝をつく坑道の地面へと、一気に吸い込まれていった。
物理学における、完全な『グラウンド(接地)』。
ミナの『Erd(大地)』という名に秘められた、暴発を止める“逃がし道”としての機能だった。
「はぁっ、はぁっ……熱が、引いていく……」
ハヤトの全身を焼いていた激痛が嘘のように消え去る。
過剰なノイズが大地へとアースされ、ハヤトの魔力回路が正常な冷たさを取り戻したのだ。
『……おお。なんと見事なアースじゃ。この娘の大地の適性が、お前の暴走を完全に中和しおった』
視界の端で、教授が感嘆の声を漏らす。
ハヤトは荒い息を吐きながら、背中を支えてくれているミナを振り返った。
「ミナさん、怪我は……」
「平気です。少しビリッとしましたけど」
ミナは額に汗を浮かべながらも、安心したように微笑んだ。
その笑顔を見て、ハヤトは強く拳を握りしめた。
自分は一人ではない。
行き場のない過剰なエネルギーを受け止め、安全に逃がしてくれる『安全装置』が、自分のすぐ背後にいてくれるのだ。
「ハヤト、ミナ! 無事か!」
前方の猟犬を片付けたガルドが、盾を構えながら怒鳴る。
だが、弾き飛ばされた二体の猟犬が再び立ち上がり、さらに奥からは新たな群れの足音が迫ってきていた。
「大丈夫です! ガルドさん、俺に……戦場をコントロールする武器をください!」
「武器だと? お前は剣なんて振れないだろう!」
「剣じゃなくていい! 何か、長くて、電気を通す金属の……!」
ハヤトの叫びに、ガルドは一瞬だけ目を見開き、そしてニヤリと笑った。
「……チッ、無茶を言う奴だ」
ガルドは腰の予備武器袋を探り、一つの鈍器を取り出してハヤトの足元へ投げ捨てた。
それは、長い鉄の鎖の先端に、重い分銅がついた武器だった。
「『鎖分銅』だ! 扱いは難しいが、お前の欲しがってる『長くて電気を通す金属』だろ!」
ハヤトは床に落ちた鎖分銅を拾い上げた。
ずしりとした冷たい鉄の感触。
『くははっ! 素晴らしい! これならお前の体から離れた場所へ、自由に回路を伸ばせるぞ!』
教授が歓喜の声を上げる。
ハヤトは鎖を握りしめ、前方に迫る猟犬の群れを見据えた。
ミナという完璧なアースを得て、そして鎖という新たな導線を手に入れた。
理系タンクの真の反撃が、ここから始まる。




