突撃剣士と、前に出すぎる刃
ハヤトの《荷電感知》による索敵は、薄暗い旧坑道において絶大な威力を発揮していた。
視界の端に投影される青い光の網が、岩陰に潜むゴブリンの生体ノイズや、錆びた武器の微弱な磁気を正確に拾い上げる。
その情報をもとに、ガルドが最適な立ち位置を指示し、リアナが死角から強襲する。
戦闘は完全にパターン化され、一行は危なげなく坑道の奥へと歩を進めていた。
「次、右の通路の奥に二体。……いや、天井の梁にもう一体張り付いてます」
「了解だ。リアナ、上のは任せる」
「オッケー! 私のスピードなら、感知される前にやれる!」
リアナが地を蹴り、弾かれたように通路へ飛び出していく。
彼女の闘争心と行動力は凄まじいが、戦闘が続くにつれて、その前のめりな姿勢が顕著になっていた。
前衛アタッカーとしての自信が、少しずつ彼女の視野を狭めている。
『……まずいのう。あの娘、少し調子に乗りすぎじゃ』
視界の端で、教授が警告を発した。
ハヤトもまた、網膜に映るARの反応を見て顔色を変えた。
(右の通路……地面の静電気の反発が、不自然に途切れてる箇所がある)
岩盤の密度がそこだけ違う。
つまり、空洞。落とし穴だ。
そしてその奥の壁裏には、先ほどまでは感知できなかった新たな赤いノイズ──増援のゴブリンが数体、息を潜めていた。
最初の三体は、リアナを誘い込むための囮だったのだ。
「リアナさん、待って! その先の床、踏むな!」
ハヤトの叫び声が坑道に響く。
しかし、獲物に狙いを定めてトップスピードに乗っていたリアナの耳には、その制止は一瞬遅かった。
「えっ?」
リアナのブーツが、不自然に乾いた土を踏み抜く。
ミシッ、という嫌な音と共に、床板が陥没した。
完全に落ちるほどの深さではない。
だが、疾走していた彼女の足が深く沈み込み、致命的にバランスが崩れた。
「しまっ──」
「ギギャアァァッ!」
リアナが体勢を立て直そうとあがく、まさにその隙を突いて。
偽装された土壁を突き破り、隠れていた増援のゴブリン四体が、一斉に飛び出してきた。
「チィッ!」
後方からガルドが猛然とダッシュする。
だが、距離が離れすぎている。
普段ならガルドがカバーできる位置取りを保つはずが、リアナが前に出すぎたせいで、盾の届かない絶望的な空間が生まれてしまっていた。
(間に合わない……!)
ハヤトの視界がスローモーションのように引き延ばされる。
リアナの横腹を狙い、泥にまみれたゴブリンの槍が、鋭く突き出された。
鎧の隙間、柔らかな腹部へ向かって、錆びた刃が一直線に迫る。
彼女の双刃では、体勢が崩れていて弾き返せない。
ガルドの大盾も、あと二歩分届かない。
『マスター!』
教授の叫び声が脳髄を叩く。
ハヤトは考えるより先に、地面を蹴っていた。
魔法の才能はない。
剣を振るう筋力もない。
だが、法則を知っている。
(同じ極性の電荷は、反発する!)
ハヤトは右手に体中の静電気をかき集め、リアナに迫る槍の穂先──金属の切っ先へと向けて、腕を突き出した。
極限まで圧縮されたマイナスの電荷が、ハヤトの指先から槍の穂先へと一気に叩きつけられる。
「弾けろ……ッ!」
次の瞬間。
ゴブリンの放った必殺の刺突が、見えないゴムの壁にぶつかったかのように、不自然な軌道を描いて「ぐにゃり」と曲がった。
クーロンの斥力。
穂先に与えられた同極の電荷が、互いに猛烈に反発し合ったのだ。
「……え?」
リアナの腹部を貫くはずだった槍は、彼女の脇腹の数センチ横を、虚しく通り過ぎていった。
魔法のように敵を焼き殺す力はない。
だが、ベクトルの向きをわずかに変えるだけで、致命傷を回避するには十分だった。
「下がれ、リアナ!」
ハヤトが作り出した一瞬の猶予。
その隙に追いついたガルドが、重戦車のような勢いでゴブリンの群れに大盾を叩き込んだ。
メキメキと骨の砕ける音が響き、四体のゴブリンが壁際までまとめて吹き飛ばされる。
「……ハヤト、君」
床に手をついたリアナが、呆然とハヤトを見上げた。
ハヤトは荒い息を吐きながら、痺れる右腕を庇うように押さえていた。
「大丈夫、ですか……リアナさん」
「あ、うん。……ごめん。私、調子に乗ってた」
リアナは唇を噛み、俯いた。
自分の過信が、あわや命取りになるところだったのだ。
ガルドが油断なく周囲を警戒しながら、ハヤトを振り返る。
「今のは……風の魔術か? いや、詠唱もなかった。お前、どうやって槍の軌道を逸らした?」
驚きを隠せないガルドの問いに、ハヤトはどう説明したものかと口ごもる。
『《エレキ・シフト》じゃ』
視界の端で、教授が誇らしげに腕を組んだ。
『対象の武器と同極の電荷をぶつけ、クーロンの斥力で軌道をずらす。力技ではなく、ベクトルを操作する理系タンクの基本技。……そう名付けるがよい』
「……《エレキ・シフト》。静電気の反発力を使って、槍を弾いたんです」
ハヤトの答えに、ガルドは目を丸くした後、フッと笑みをこぼした。
「静電気の、反発力……。聞いたこともない戦い方だが、確かに俺の目にも、見えない盾が槍を弾いたように見えた」
ガルドは倒れたゴブリンにトドメを刺し、リアナに手を差し伸べた。
「立てるか、リアナ。ハヤトに命を拾われたな」
「……うん」
リアナはガルドの手を取って立ち上がると、泥を払い、ハヤトに向かって深く頭を下げた。
「ありがとう、ハヤト君。……私、あんたのこと、ただの足手まといの弟分だと思ってた」
「いや、俺も必死だっただけで……」
「ごめんね。これからは、ちゃんと仲間の声を聞く。前衛として、あんたの索敵を信じるよ」
リアナの目に、先ほどまでの子供扱いするような色はなかった。
対等な戦友に向ける、信頼の眼差し。
それがハヤトには、何よりも嬉しかった。
「……油断しないでください。血の匂いに誘われて、さらに奥から嫌なノイズが近づいてきてます」
ハヤトが坑道の奥を見据える。
青いARの視界の奥から、ゴブリンとは比べ物にならない、凶暴で素早い赤い光の群れが急接近してきていた。
休む暇はない。
理系タンクとしての真価が問われる、本当の防衛戦が幕を開けようとしていた。




