突撃剣士と、大地を纏う治癒士
翌朝、王都の城門前。
ハヤトは支給された大きめの革袋を背負い、待ち合わせ場所に立っていた。
昨晩はガルドに奢ってもらった肉と豆の煮込みのおかげで、泥のように深く眠ることができた。
栄養と睡眠。
たったそれだけのことで、これほどまでに体が軽く感じられるのかと、ハヤトは密かに感動していた。
『おはよう、マスター。生体バッテリーの充電率は良好じゃな』
視界の端で、半透明の『電気回路入門』がパタパタとページを開閉させている。
「ああ。おかげで右腕の痛みも少し引いたよ」
ハヤトが小声で答えると、正面から見慣れた大柄なシルエットが近づいてくるのが見えた。
ガルドだ。
そしてその後ろには、二人の若い女性が歩いている。
「おはよう、ハヤト。ちゃんと時間通りに来たな」
「おはようございます、ガルドさん」
ガルドが背後の二人を振り返り、顎で示した。
「今日潜る即席パーティのメンバーだ。こいつが前衛のリアナ。こっちが支援と回復担当のミナだ」
「リアナだよ。よろしくね、荷物持ち君」
快活な声で笑ったのは、腰に二本の短剣を下げた軽装鎧の少女だった。
年齢は十九歳と聞いているが、日に焼けた肌とポニーテールが活発な印象を与える。
彼女はハヤトの顔を覗き込み、ポンポンと軽く頭を叩いた。
「それにしても、ずいぶん可愛い子連れてきたね、ガルド。弟さん?」
「違ぇよ。ギルドで雇った荷物持ちだ。見た目は頼りないが、目は悪くない」
「ふーん? まあ、危なくなったら私かガルドの後ろに隠れてなよ、坊や」
完全に子供扱いだった。
ハヤトは十八歳の成人だが、貧困による発育不良のせいで、リアナから見れば中学生程度にしか見えないのだろう。
少しムッとしたが、事実なので言い返せない。
「……初めまして。ミナと言います」
静かで、少しおっとりとした声。
リアナの隣から進み出たのは、ゆったりとしたローブに身を包んだ少女だった。
年齢はハヤトと同じ十八歳。
柔らかい亜麻色の髪と、理知的な瞳が印象的だ。
ミナはハヤトの顔をじっと見つめ、それから彼の手元、首筋へと視線を滑らせた。
「ハヤト君、ですね。……あなた、昨日までどんな生活をしていましたか?」
「え?」
唐突な質問に、ハヤトは目を丸くした。
ミナの目は、リアナのような「子供を見る目」ではない。
まるで、破損した魔導具を検品する職人のような、鋭く正確な観察眼だった。
「肌の血色、目の下の隈、それに筋肉の付き方……。ガルドさんが昨晩ご飯を奢ったと聞いていますが、それ以前は深刻なタンパク質と微量栄養素の不足、そして慢性的な睡眠不足に陥っていたはずです」
「っ……」
図星を突かれ、ハヤトは言葉に詰まった。
「回復術士の目をごまかせると思わないでくださいね。今はガルドさんのご飯で少し持ち直していますが、あなたの体は『いつ倒れてもおかしくない』状態のままです」
ミナはそう言うと、持っていた革袋から小さな包みを取り出し、ハヤトの手に握らせた。
「干し肉と、木の実です。歩きながらでいいので、少しずつ胃に入れてください。栄養吸収の効率を上げる簡単な術式もかけておきます」
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。パーティの健康管理は、私の仕事ですから」
ミナはふわりと微笑んだ。
勇者パーティにいた頃、ハヤトの体調を気遣ってくれる人間など一人もいなかった。
彼女の言葉と手の温もりに、ハヤトは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
『良い治癒士じゃな。彼女の言う通り、今のお前は放電の反動に耐えられん。しっかり食って、導線を太くせよ』
教授の言葉に、ハヤトは干し肉を齧りながら小さく頷いた。
◇
王都から歩くこと一時間。
四人は、鬱蒼とした森の中に口を開ける『旧坑道ダンジョン』の入り口に到着した。
かつて鉱石を掘り尽くされて放棄された洞窟だが、今はゴブリンや坑道猟犬などの魔物が棲み着く狩場となっている。
他 1 件
「よし、ここから先は戦場だ。隊列を組むぞ」
ガルドが大盾を構え、先頭に立つ。
「俺が前で受ける。リアナは俺の死角から飛び出して仕留めろ。ミナは中央で支援。ハヤト、お前はミナの後ろで荷物を守りつつ、後方警戒だ」
「了解」
「分かったわ」
「はい」
薄暗い坑道の中へ足を踏み入れる。
松明の明かりが届かない闇の奥を見据え、ハヤトは小さく深呼吸をした。
(教授、前に教わったクーロン力の応用……試してみてもいいか?)
『うむ。やってみせい。電気の引力と斥力は、目に見えぬ極小の粒の押し合いじゃ。対象の電荷を感じ取るにはどうすればいいか、分かるな?』
(俺自身の静電気を薄く広げて、空間の“ノイズ”の反発を感じ取る)
ハヤトは目を閉じ、指先から微弱な静電気を放出する。
坑道の湿った空気中に、見えない電気の網を張り巡らせるイメージ。
貧弱な回路である自分の体に負担をかけないよう、極限まで出力を絞る。
その代わり、「感知」へと全神経を研ぎ澄ませた。
「……ピリピリする」
ハヤトは呟いた。
自分の広げた静電気の網が、何かに触れてわずかに反発している。
空気中の湿気や岩盤の磁気とは違う、不規則で生々しい電気の乱れ──生体電流のノイズだ。
「ガルドさん、ストップ。……前方の曲がり角の先、空気が淀んでます。何か、三体ほど隠れてる」
ハヤトの声に、ガルドがピタリと足を止めた。
『見事じゃ、マスター。それがお前の力、《荷電感知》じゃ』
視界の端で教授が褒め称える中、ハヤトは自分の感覚だけで、闇の奥の情報を正確に読み解いていく。
「ゴブリンだと思います。武器の錆びた金属の反応が混ざってる。それに、足元の水たまりが角の先まで繋がってるから、不用意に踏み込むと足を取られます」
ハヤトの詳細すぎる報告に、ガルドは驚きつつも即座に判断を下した。
「よし、リアナ。突っ込まずに、壁を蹴って上から回り込め。俺が音を立てて引きつける」
「了解!」
ガルドがわざと大きな足音を立てて角に近づく。
待ちきれなくなった三匹のゴブリンが、奇声を上げて飛び出してきた。
ハヤトの言った通り、錆びた槍を持っている。
「シッ!」
ガルドが盾を斜めに構え、ゴブリンの槍の刺突を殺さず、表面を滑らせるように逸らす。
反作用のベクトルを失い、前のめりに体勢を崩したゴブリンの頭上。
壁の岩肌を蹴り上げ、跳躍したリアナが音もなく舞い降りた。
「もらったっ!」
体重を乗せた双刃の閃きが、瞬く間に二匹のゴブリンの頸動脈を正確に切り裂く。
残る一匹は、ガルドが手首のスナップを利かせた盾の縁で顎を打ち砕き、あっさりと戦闘が終了した。
「す、すごい……一瞬で……」
ハヤトが息を呑むと、リアナが短剣の血を振り払ってウインクした。
「どう? 頼りになるでしょ、お姉さんたちは」
「ええ、すごく」
「でも、あんたの耳も大したもんね。姿が見える前に、武器の種類や足場の状態まで分かるなんて」
リアナが感心したようにハヤトを見る。
ガルドも振り返り、満足げに頷いた。
「ああ。ハヤトの事前情報があったおかげで、完全にこちらのペースで処理できた。事前の状況把握が、盾にとって一番の防具になる。いい仕事だ、ハヤト」
「いえ、俺はただ……」
感じたことを言っただけだ、と言いかけて、ハヤトは口をつぐんだ。
魔力の強さでしか評価されなかった世界。
そこで初めて、自分で法則を応用し、感覚を研ぎ澄ました結果が、仲間の命を守る戦力として正当に評価されたのだ。
ハヤトは革袋を握り直し、しっかりと前を見据えた。




