静電気の落ちこぼれと、思考の檻
王立ルミナス魔法学園での生活が始まって数日。
ハヤトは、文字通り「最底辺」の屈辱を味わっていた。
「基礎魔力操作」の実技授業。
屋外の訓練場に並んだ生徒たちが、次々と的に向かって魔法を放っていく。彼らの手からは火球が飛び出し、水弾が弾け、風の刃が的を切り裂いている。
「次、ハヤト君。前へ」
教師に呼ばれ、ハヤトは的の前に立った。
周囲の貴族生徒たちから、クスクスと小馬鹿にするような笑い声が漏れる。
ハヤトは大きく深呼吸をし、右手を的に向けた。
放つべきは、自分が最も得意としていた雷の魔法だ。
指先に魔力を込め、空間に電撃を走らせるためのイメージを構築しようとする。
(いいか、理屈を捨てるんだ。ただ雷を……雷を撃つためには、まず指先と的の間に道を作って、電子を……)
その瞬間だった。
「――っ!!」
ハヤトの脳裏に「電子」という物理的な概念がよぎった途端、ステラに刻まれた『思考封じの呪い』が発動した。
頭蓋骨の内側を、熱した鉄の杭でグリグリとえぐられるような激痛。
「があぁっ……!」
ハヤトはたまらず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
集中は途切れ、指先から放たれたのは、冬場の乾燥した日にドアノブを触った時のような「パチッ」というちっぽけな静電気の火花だけだった。
的までは届くはずもなく、火花は虚しく空中で消滅した。
「あーっはっはっは!! 見ろよ、またアレだ!」
「何だよあの魔法! 的をくすぐることもできねえぞ!」
「頭を抱えてうずくまるのが、あいつの魔法なんじゃないか?」
訓練場が、遠慮のない爆笑に包まれる。
教師は呆れたように深いため息をつき、手元の羊皮紙に何かを書き込んだ。
「ハヤト君。何度言えば分かるんだ。魔法とは、頭の中で難しくこねくり回すものではない。
己の願いを形にし、世界に事象を『命じる』ものだ。君の魔力は、まるで窮屈な檻の中で迷子になっているようだぞ」
「……すみません」
ハヤトは激痛の余韻で冷や汗を流しながら、立ち上がって列の最後尾へと戻った。
(事象を命じる……理屈を捨てる……。言うのは簡単だけど、どうすればいいんだ!)
ハヤトは悔しさに唇を噛んだ。
これまで彼は、「なぜそうなるのか」という原因と結果の法則(物理法則)を信じて戦ってきた。
熱が生まれる理由、電気が流れる理由。その完璧な理屈があったからこそ、格上の魔物とも渡り合えたのだ。
原因をすっ飛ばして、ただ結果(現象)だけを願う。そんな非論理的なことが、どうしても頭で理解できない。
「ふん。相変わらず、無様な真似を晒しているのね」
ふと、冷ややかな声が鼓膜を打った。
ハヤトが顔を上げると、隣のレーンで実技試験を待っていた風の天才、エルフの美少女シルフィが、呆れたような目でこちらを見ていた。
「シルフィさん……」
「静電気しか出せないなら、さっさと学園を辞めればいいのに。あなたのその醜い魔力、見ているだけで不愉快だわ」
シルフィはハヤトから冷たく視線を外すと、自分の的の前へと進み出た。
彼女は杖を構えることすらしない。ただ、スッと細く白い指先を的に向け、まるで歌うような、それでいて絶対的な命令を含む声で一言だけ紡いだ。
「――穿て」
ゴォォォォォォッ!!
詠唱も予備動作も一切なし。
突如として空間に発生した巨大な竜巻が、的を台座ごと木端微塵に粉砕し、遥か彼方の空へと吹き飛ばした。
周囲の生徒たちから、感嘆と畏怖のどよめきが沸き起こる。
ハヤトは、その魔法の威力を肌で感じながら愕然としていた。
彼女の魔法には、「気圧の差」や「空気の摩擦」といった物理的な演算の気配が一切なかった。ただ純粋に、彼女が『風よ、的を穿て』と命じたから、世界がそれに従っただけなのだ。
(あれが……本物の魔法。世界への『命令』……!)
放課後。
周囲の嘲笑から逃れるように、ハヤトは学園の裏手に広がる深い森の中へと足を踏み入れていた。
寮の部屋では、また貴族の生徒たちに絡まれる。誰の目もない場所で、この呪われた頭と向き合う必要があったのだ。
「……理屈じゃない。電子も、摩擦も関係ない。ただ、俺の手から雷が出ろと、心の底から命じるんだ」
ハヤトは薄暗い森の中で、何度も何度も右手を突き出した。
しかし、結果は同じ。長年染み付いた「論理的な思考」の癖が、無意識のうちに脳裏に浮かび、その度に激しい頭痛が彼を地面に這いつくばらせた。
「くそっ……! 俺は、どうすれば……!」
地面を叩き、荒い息を吐きながら森の奥へと進んでいくハヤト。
この苛立ちと絶望に満ちた森の彷徨いから、まさか学園最強の天才美少女との「最悪にして最高の出会い」が待っていることなど、この時のハヤトは知る由もなかった。
木々の隙間から、微かな水音が聞こえてきた。




