ルミナス魔法学園と、Fランクの洗礼
眩い光が収まると、ハヤトは見たこともない広大な庭園の中央に立っていた。
空には二つの月が浮かび、周囲には浮遊する岩盤の上に建てられた優美な尖塔が並んでいる。
ここは魔法学園の頂点、『王立ルミナス魔法学園』。
ステラの気まぐれによって、魔法の理屈を奪われ、文字通り「0」の状態に放り込まれた場所だ。
学園の門を通り、事務局で手続きを済ませたハヤトが、渡された寮の鍵を握りしめて校舎へ向かうと、そこにはすでに大勢の生徒たちが集まっていた。
貴族然とした豪華な服を纏う者、高価な魔石を杖に埋め込んだ者。彼らの放つ魔力の波動は、ハヤトが今まで出会ったどの冒険者よりも澄んでいて、同時に鋭い。
「……君が、ステラ様のご紹介で来た新入生か?」
事務室の教師に案内され、講堂の魔力測定器の前に立つ。
ハヤトは深呼吸をして、掌を測定器にかざした。
かつてなら、ここに指先から数万ボルトの生体電気を流し込み、その「電圧」を物理的な数値として叩き出せただろう。
だが、今は違う。
『思考封じの呪い』がある。
「生体電気の移動速度をVとし……」と脳裏に計算式が浮かんだ瞬間、激しい頭痛が襲い、ハヤトは呻き声を上げて膝をついた。
「ぐっ……あぁっ……!」
反射的に思考を止め、ただ漠然と「出ろ」と念じる。
しかし、出力されたのは、冬場の乾燥した日に指先から出るような、か弱い「パチッ」という小さな火花だけだった。
「…………」
測定器の盤面には、無慈悲な『F』の文字が浮かび上がった。
講堂に、冷笑が広がる。
「なんだ、あいつ。測定器が壊れてるのかと思ったぜ。ただの静電気じゃないか」
「ステラ様のお知り合いだなんて聞いたから期待したのに、Fランクかよ。最底辺じゃないか」
聞こえてくる嘲笑の声。ハヤトは俯きながら、震える拳を強く握りしめた。
かつて自分を支えていた「確かな根拠(物理法則)」を失い、今はただ、自分の無力さを晒すだけの存在になっていた。
「……おい、邪魔だ。そこをどけ」
冷たい声とともに、肩が強くぶつかられた。
見上げると、そこには学園の生徒たちが畏敬の念を持って一斉に道を開ける、四人の少女が立っていた。
水の魔法を極めた、静謐な佇まいの人魚族、アクア。
土の魔法を操る、健康的で力強い獣人族の少女、テラ。
風を纏い、学園一の天才と言われるエルフの美少女、シルフィ。
そして、気配を消し、闇の魔法の深淵を覗く魔族の少女、ノクス。
彼女たちは、学園の上位層であり、魔法の天才として君臨する四人だった。
「……あら。測定器がFランクを指して動かなくなっているわ。随分と珍しい子が来たものね」
シルフィが、腰に手を当ててハヤトを見下ろした。その瞳には、侮蔑というよりは「興味の対象外」という冷ややかな色が浮かんでいる。
「シルフィ、やめてあげなよ。この子、ステラ様のご紹介なんでしょ?」
アクアが申し訳なさそうに庇うが、その目もまた「弱者を憐れむ」という類のものだ。
「ステラ様のご紹介? そんなの、この学園では関係ない。魔法が使えない奴に居場所なんてないんだから」
テラが肩をすくめ、ノクスは一言も発さず、ハヤトの横を通り過ぎる瞬間に「消えなさい」という言葉を闇の気配とともに投げかけてきた。
ハヤトは、彼女たちの背中を見つめながら、悔しさを通り越して、ある種の「飢え」を感じていた。
彼女たちが放つ、理屈を超えた魔法の輝き。
自分の中にあったはずの力が失われ、代わりに手にしたのは、何もない場所から何かを生み出すための「無」の状態だ。
「……あいつらが、この学園のトップか」
ハヤトは、痛みで揺れる頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「理屈じゃ駄目なら、イメージで叩き込むしかない。……見ていてくれ、絶対に魔法を掴んでみせる」
最底辺のFランクから始まった、魔法の「理」を奪われた少年の逆転劇が、今、静かに幕を開けた。




