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観客席の少女たちと、約束の解散

星喰いの巨獣が討伐されたその夜、城塞都市グラン・ロアのギルド酒場は、かつてないほどの熱狂と歓喜に包まれていた。

都市を滅亡の危機から救った四人の英雄たち――三人のAランク冒険者と、彼らを繋いだ一人の少年を称える乾杯の声が、夜通し鳴り響いている。


酒場の奥の円卓では、ジン、ヴォルグ、ドーガの三人が、言葉少なに、しかし確かな絆を感じさせる穏やかな顔でジョッキを傾けていた。ハヤトもその輪の中に加わり、ヴォルグから「空間干渉魔法の術式構成」について、目を輝かせながら熱心に話を聞いている。


だが、その歓騒から少し離れたテーブル席では、三人の少女たちがひっそりと肩を落としていた。



「……乾杯、しよっか」



リアナが力なくエールの入った木組みのコップを持ち上げる。セレスティアとミナも、無言でコップを合わせたが、誰一人として口をつけようとはしなかった。



「……すごかったわね、あいつら。まるで神話の戦いを見てるみたいだった」



リアナが、自分の手首をギュッと握りしめながら呟く。



「ジンのあの速さ。私、本気で目を凝らしていたのに、残像すら見えなかった。……同じ素早さを武器にするなんて名乗るのが、恥ずかしくなるくらいに」



「……私だってそうよ。重力と空気を消し去る魔法なんて、アルバーン家の書物でしか読んだことがないわ。私の炎なんて、ただ力任せに熱を出しているだけの『火遊び』に過ぎなかった」



セレスティアが、悔しさに唇を噛み締める。

ミナもまた、膝の上で両手を強く握り合わせていた。



「私は、ドーガさんの戦い方から目が離せませんでした。……傷つくことを恐れず、自分自身を武器にする癒しの力。私みたいに、ハヤト君の大きな背中に隠れて、安全な場所から魔法をかけているだけの僧侶とは、覚悟が違いすぎました……」



都市の防壁の上から見下ろした、あの戦場。

そこには、自分たちの入り込む余地など1ミリも存在しなかった。

ハヤトは、己の盾と知恵で、あのバケモノのようなAランクたちを完璧に指揮し、彼らの力を120パーセント引き出してみせた。ハヤトはもう、彼らと同じ『高み』の戦場に立つ資格を持っているのだ。



「……このままじゃ、駄目ね」



セレスティアが、顔を上げて二人を見た。その瞳には、涙ではなく、強い決意の火が灯っていた。



「ハヤトは、どんどん先へ行っちゃう。ガルドが残してくれた盾と一緒に、もっと高い場所へ。……もし私たちが今のままハヤトの隣に立ち続けたら、いつか必ず、私たちがハヤトの足を引っ張ることになる」



リアナも、ミナも、無言で頷いた。

Aランクの男たちが恐れていた「自分の弱さが味方を殺すかもしれない」という恐怖。それを、今度は少女たちが痛感していたのだ。


そこへ、男たちの円卓から抜け出してきたハヤトが歩み寄ってきた。

彼は少し興奮した面持ちで、少女たちのテーブルに手をついた。



「皆、聞いてくれ。俺、決めたんだ」


「決めたって……何を?」


「魔法の修行に出る。物理法則って枠組みを外して、一から魔法の『ことわり』を学び直したいんだ。ヴォルグさんに聞いたら、遥か東の果てに『万象の塔』っていう、世界の魔法の真理を修めた大魔導師がいるらしい。俺はそこへ行く」



ハヤトの瞳には、未知の知識への強烈な渇望が宿っていた。

これまでは「物理」という自分が知っているルールの範囲内でしか世界を見ていなかった。だが、魔法には世界そのものを書き換える無限の可能性がある。それを知らなければ、これ以上前へは進めないという確信があったのだ。



ハヤトのその熱に浮かされたような顔を見て、セレスティアはふっと優しく微笑んだ。



「……奇遇ね、ハヤト。私たちも、たった今『決めた』ところだったのよ」



「え?」



ハヤトが首を傾げると、リアナが立ち上がり、ハヤトの胸をドンと軽く小突いた。



「私たち、しばらくパーティを解散するわ。……ハヤトとは、ここでお別れよ」



「は……? 解散って、なんで!? 俺が東に行くから? だったら皆で一緒に――」



「違うわよ、ハヤト君」



ミナも立ち上がり、真っ直ぐにハヤトの目を見た。



「私たちも、それぞれ『修行』に出るんです。……今のままじゃ、私たちはハヤト君の隣に立てない。Aランクの戦場でも、絶対に折れない剣や魔法になるために、私たちも一から自分を鍛え直すんです」



ハヤトは息を呑んだ。



彼女たちの顔に、迷いは一切なかった。

先ほどの戦いで、ハヤトはAランク冒険者たちの力を束ねた。だが、それはあくまで「即席の連携」だ。ハヤトが本当に背中を預け、共に笑い合い、共に死線を潜り抜けてきた『真の回路パーティ』は、目の前にいる三人の少女たちだけなのだ。



「……皆」



「私は、エルフの隠れ里へ行って、古代精霊魔法の真髄を学んでくるわ。物理を学んでくるあんたに、魔法の恐ろしさをもう一度叩き込んであげる」



「私は、西の砂漠にある暗殺者の村へ行く。ジンの奴をいつか追い抜いてみせるんだから」



「私は……聖王国の総本山へ。どんな傷でも、絶対に死なせない神聖魔法を習得してきます!」



三人の少女たちは、ハヤトに向かって力強く宣言した。

ハヤトは、彼女たちの顔を一人ずつ見つめ、やがてフッと口元を緩めた。

寂しさはあった。だが、それ以上に、彼女たちが自分と同じように「先」を見据えてくれていることが、たまらなく嬉しかった。



「……分かりました。ガルドさんが命を懸けて繋いでくれたこのパーティを、ここで終わらせるわけにはいきませんからね」



ハヤトは右手をスッと前に差し出した。

リアナがその上に手を重ね、セレスティアが重ね、最後にミナが両手でそれを包み込むように重ねた。



「俺が物理と魔法の真理を身につけて、最強のシステムを構築して帰ってきます。その時は……」



「私たちが、あんたの回路に一番相応しい、最強の仲間ピースになっててあげるわ」



四人の手が、力強く離れる。

王都で結成された『エレキ・ストライド』は、互いがさらなる高みへ至るため、ここで一時的な解散の道を選んだ。



翌朝。

城塞都市グラン・ロアの門の前で、四人はそれぞれ東西南北の四つ角へと続く道に分かれて立っていた。

振り返る者はいない。次に会う時、誰よりも成長した姿を見せ合うという無言の誓いだけを胸に秘め、彼らは新しい世界へと力強く歩き出していった。

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