共鳴する三つの極と、魔法という深淵
星喰いの巨獣から降り注ぐ破壊の光弾を、ハヤトはキャパシタシールドで必死に防ぎ続けていた。
盾の表面を覆うガルドの鋼が赤熱し、凄まじい衝撃がハヤトの左腕をきしませる。だが、彼が一歩も退かずに防波堤となっているおかげで、背後にいる三人のAランク冒険者たちは、かつてないほど完璧に己の力へと集中できていた。
「ハヤト! もういい、そこをどけッ!」
巨獣の頭部を押さえ込んでいたドーガが、血まみれの腕を振りかぶって叫んだ。
背後からは、ヴォルグの放つ圧倒的な魔力圧が、肌を刺すような冷気となってハヤトの背中を叩く。
「……合わせるぞ、お前ら」
神速のジンが、二振りの短剣を逆手に構え、極限まで姿勢を低くした。
ハヤトは盾を弾きながら、横へと大きく跳躍して射線を空けた。
巨獣が、ハヤトという障害物が消えたことで、目前にいるジンたちへ向けて最大の魔力波を放とうと口を大きく開く。
だが、Aランクの三人が放つ一撃のほうが、圧倒的に早かった。
「――《無重力回廊》ッ!!」
ヴォルグが黒曜石の杖を真っ直ぐに突き出した。
彼が放ったのは、巨獣を押し潰す魔法ではない。
ジンと巨獣とを結ぶ直線上の空間から、重力と空気抵抗を完全に「消し去る」という、極めて高度な空間干渉魔法だった。
「おおおおおッ!!」
同時に、巨漢のドーガが動いた。
彼は巨獣に向かって走るのではなく、なんと構えをとったジンの背中に両手を当て、自身の持つ治癒の魔力と筋力のすべてを爆発させて、ジンを大砲の弾のように前へと「射出」したのだ。
『マスター! あれは物理法則の枠を完全に超えておる!』
ハヤトの網膜上で、白衣の教授が驚愕に目を見開いて叫んだ。
『空気抵抗も重力もない真空の回廊! そこを、極限まで鍛え上げられた巨漢の筋力で打ち出された神速の質量が通り抜ける! これはもはや、速度という概念の限界突破じゃ!』
「……穿つ」
真空の回廊を、ドーガの筋力によって射出されたジンが、音すら置き去りにして飛翔する。
ヴォルグの重力魔法と、
ドーガの純粋な力。
その二つの規格外のエネルギーを背中に受けたジンの短剣は、摩擦で青白いプラズマをまとい、一本の「光の槍」と化していた。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
閃光が走った。
巨獣が魔力を放つよりも早く。
ジンの身体が、巨獣の分厚い鱗も、骨格も、魔力の源であるコアも、すべてを一直線に貫通し、見事にぶち抜いたのだ。
「ギャ……アァ……ッ……」
星喰いの巨獣は、己の身体の中心にぽっかりと開いた巨大な大穴を理解できないまま、崩れ落ちた。
そして、その巨体が光の粒子となってボロボロと崩壊し、夜風に吹かれて消滅していく。
「……終わったか」
遥か後方に着地したジンが、短剣を鞘に収めながら静かに息を吐いた。
「ふん。お前の速さに合わせて、魔法の範囲を制御してやったんだ。感謝しろ」
「俺の極上の後押しがあったからこその威力だろうが。……まぁ、悪くねえ一撃だったぜ」
ヴォルグとドーガが、それぞれ悪態をつきながらも、その顔にはどこか晴れやかな、互いを認め合うような笑みが浮かんでいた。
ハヤトは、赤熱する盾を下ろし、ただ呆然とその光景を見つめていた。
自分は今回、雷を一発も撃っていない。
物理的な理屈を並べ立て、最強の超電磁砲を撃つためのシステムを組んだわけでもない。
ただ、三人の力がぶつかり合わないように、彼らの間に立って少しだけ「道」を整えただけだ。
それなのに、三人が合わせた力は、ハヤトが計算で弾き出せるような「出力の上限」を遥かに超えていた。
(あれが……本物の魔法……。本物の、Aランクの領域……!)
ハヤトの心臓が、早鐘のように鳴っていた。
これまでハヤトは、この世界の魔法を「電気や熱を生み出すための便利なエネルギー源」程度にしか考えていなかった。物理法則という絶対的なルールの枠の中で、いかに効率よくダメージを出すかばかりを追求していたのだ。
だが、ヴォルグが放った魔法は違った。
空間そのもののルールを書き換え、重力と空気を消し去った。それは物理法則を利用したのではなく、世界の理そのものを「ねじ伏せる」力だった。
「……俺は、知ったかぶりをしていただけだ」
ハヤトは己の手のひらを見つめながら、ポツリと呟いた。
物理法則という自分の知っている小さな枠に当てはめて、世界を理解した気になっていた。だが、本当の魔法は、そんな狭い箱には収まりきらない無限の可能性を秘めている。
「もっと……知りたい。物理の檻の向こう側にある、魔法の本当の姿を」
ハヤトの胸の奥底に、これまでにない強烈な「渇望」が芽生えていた。
「おい、王都の坊主」
ジンが歩み寄り、ハヤトを見下ろした。ヴォルグとドーガも、その両脇に並び立つ。
「お前が間に入ってくれたおかげで、背中を気にせず動けた。……悪くなかったぞ」
不器用なジンなりの、最高の賛辞だった。
ヴォルグもドーガも、無言のままハヤトに向かって深く頷いた。
「皆さん……」
「この街にいる間は、また組んでやってもいい。次もせいぜい、俺たちの足場をしっかり支えてくれ」
孤高だった三人の極限が、ハヤトという存在を通して、初めて一つのパーティとして繋がった瞬間だった。
しかし、その圧倒的な勝利の光景を、都市の防壁の上から見下ろしていたミナ、リアナ、セレスティアの三人の胸には、ハヤトとは全く違う、冷たい焦燥感が広がっていたのだった。




