即席の陣形と、重心の支配
土煙が晴れた荒野の中心で、ハヤトは重厚な大盾を構えたまま、背後に立つ三人のAランク冒険者たちを振り返った。
「あなたたちの力は強すぎる。だから、お互いに遠慮して本来の力を出し切れていない。俺が間に入って指揮をとります。どうか、俺に皆さんの力を預けてください!」
その真っ直ぐな言葉に、ジン、ヴォルグ、ドーガの三人は息を呑んだ。
王都から来たばかりの、まだ十代半ばの少年。本来なら「身の程を知れ」と一蹴するところだ。
だが、彼らの目の前で、Sランク相当の『星喰いの巨獣』が放った都市を消し飛ばすほどの閃光を、この少年は一歩も退かずに真正面から防ぎ切ってみせたのだ。その事実が、何よりも雄弁に彼の言葉の重さを証明していた。
「……勝手なことを。俺の魔法は、手加減などできんぞ」
ヴォルグが、黒曜石の杖を握り直しながら低く呟く。
「手加減なんて必要ありません。ただ、撃つ場所とタイミングを俺が指定します」
ハヤトは巨獣の動きから目を離さずに素早く指示を飛ばした。
「ヴォルグさんは、巨獣の『右後脚』だけを狙って、最大出力で重力をかけてください! 他の部分は一切巻き込まなくていい。ピンポイントで一点だけを地面に縫い留めるんです!」
「一点だけだと……? それでは巨獣の動き全体は止められないぞ! 前足の爪が届く範囲は自由なままだ!」
「それが狙いです! やってください!」
ヴォルグは一瞬ためらったが、ハヤトの自信に満ちた声に突き動かされ、杖を高く掲げた。
「――《局所圧潰》ッ!」
ヴォルグの放った重力魔法が、巨獣の右後脚の周囲数メートルだけに局所的な超重力場を形成した。
ズドォォォォンッ!!
凄まじい音と共に、巨獣の右後脚が岩盤をぶち抜き、地中深くまで強制的にめり込んでいく。
「ギャオォォォォォォッ!?」
突然、四本足のうち一本だけが強烈な重力で固定された巨獣は、激しく体勢を崩した。
倒れまいと本能的に踏ん張ろうとするが、右後ろに極端に引っ張られているため、残りの三本の足に巨大な自重の負荷が集中する。
ハヤトの視界の端で、白衣の教授が『力学と重心』の図解を展開した。
『見事じゃ、マスター! 数千トンの質量を持つ四足歩行の獣は、一箇所の支点を固定されるだけで重心が激しく狂う。姿勢を維持しようとすればするほど、自由に動かせるはずの前足の関節に、自らの体重という逃げ場のない負荷がのしかかるのじゃ!』
「ジンさん! 巨獣の左半分は、重力魔法の範囲外です! 今なら遠慮なく踏み込めるはずだ!」
ハヤトの叫びと同時だった。
ジンの姿がフッと掻き消え、次の瞬間には巨獣の左前脚のすぐ横に到達していた。
味方の魔法を警戒する必要のない、純度百パーセントの神速。
「……確かに。これなら、背中を気にせず走れるな」
風の音すら置き去りにしたジンが、二振りの短剣を閃かせる。
重心が崩れ、自重を支えるためにピンと張り詰めていた巨獣の左前脚の関節。その最も負担がかかっている腱の隙間に、ジンの短剣が寸分の狂いもなく吸い込まれた。
ザシュッ!!
「ギヤァァァァァァァァァッ!!」
巨獣が痛みに狂ったように絶叫した。
本来なら分厚い鱗に阻まれるはずの刃も、重心が崩れて装甲の継ぎ目が開いた一瞬の隙を突けば、容易く肉を裂くことができる。
左前脚の腱を断ち切られた巨獣は、ついに自重を支えきれずにドスーンと巨大な音を立てて前のめりに倒れ込んだ。
「よし! 体勢が崩れた! ドーガさん!」
「言われなくても分かってるぜェッ!!」
土煙の中から、巨漢の僧侶ドーガが弾丸のように飛び出してきた。
倒れ込んだ巨獣は、狂乱して太い尾や頭の角を振り回し、周囲の岩を粉々に砕いている。
ドーガは飛んできた岩の破片で肩の肉をえぐられ、巨獣の尾に薙ぎ払われてあばら骨を砕かれながらも、瞬時に治癒魔法をかけて傷を塞ぎ、一歩も止まることなく巨獣の頭部へと肉薄した。
「俺の回復は……俺だけのもんじゃねえッ!!」
ドーガは、巨獣の巨大な角を両腕でガッチリと抱え込み、その凄まじい筋力で強引に動きを封じ込めた。
暴れる巨獣の力でドーガの腕の筋肉が引き裂かれるが、緑色の治癒の光がそれ以上の速度で彼の肉体を修復していく。
「ハヤトォ! 頭は俺が抑え込んだ! だが、背中の水晶から魔法が来るぞ!!」
ドーガの叫び通り、巨獣の背中に乱立する水晶が、周囲を無差別に破壊するほどの魔力光を放ち始めた。
ジンは素早いが打たれ弱く、ヴォルグのローブに物理的な防御力はない。
そしてドーガは巨獣を押さえ込むのに手一杯だ。
「俺に任せてください!!」
ハヤトは大地を蹴り、ドーガの横をすり抜けて巨獣の正面に飛び出した。
巨獣の背中から、無数の青白い光弾が雨あられと降り注ぐ。
ハヤトは左腕の大盾を天に向けて構え、両足でしっかりと大地を踏み締めた。
ガァァァァンッ!! バチィィィィッ!!
雨のように降り注ぐ破壊の光弾を、ハヤトの持つガルドの鋼が弾き、古代のコンデンサがその熱と衝撃を凄まじい勢いで吸収していく。
巨獣の放つ無差別な範囲攻撃は、すべてハヤトの盾という「防波堤」に集められ、背後にいるジンやヴォルグには傷一つ、熱すらも届かなかった。
「……なんだ、これは」
後方で杖を構えていたヴォルグが、信じられないものを見るように呟いた。
彼らは今まで、常に一人で戦ってきた。
前衛も、後衛も、防御も、すべて自分一人でこなさなければならなかった。味方がいれば、自分の力で殺してしまうかもしれないという恐怖と常に隣り合わせだった。
だが今は違う。
自分の魔法を邪魔しないように動いてくれる盗賊がいる。
巨大な敵を力ずくで押さえ込んでくれる僧侶がいる。
そして何より――自分たちに降り注ぐはずのすべての脅威を、一歩も退かずに受け止めてくれる「絶対の盾」が、彼らの中心に立っているのだ。
「……悪くないな。背中を預けるってのは」
少し離れた場所に着地したジンが、短剣の血を振り払いながら小さく笑った。
「ああ。これなら、俺も周囲を気にせず、自分の魔法の『深淵』に集中できる」
ヴォルグの黒曜石の杖の先に、先ほどとは比べ物にならないほど高密度の、漆黒の重力球が収束し始めていた。
彼らの間にあった不器用な壁は、完全に崩れ去っていた。
ハヤトという核を得たことで、三つの孤高の力は互いの隙を完全に補い合う、最強の防衛線へと生まれ変わったのだ。




