交わらない三つの刃と、星喰いの巨獣
城塞都市グラン・ロアの巨大な防壁の上に立ったハヤトたちは、眼下に広がる光景に言葉を失っていた。
夜の荒野を、一つの「山」が歩いていた。
否、それは山などではない。全身が夜空のように黒く輝く鱗で覆われ、四つ足で大地を踏みしめる度に局地的な地震を引き起こす、超巨大な魔獣だった。
その背中には無数の青白い水晶が乱立し、そこから星の瞬きのような不気味な魔力の光を放っている。
「あれが……星喰いの巨獣……」
リアナが、恐怖で声を震わせた。
王都で倒したストーム・キマイラすら、あの巨獣の足元にも及ばない。まさに歩く天災、Sランク相当の絶望がそこにあった。
巨獣が背中の水晶を光らせたかと思うと、口の奥に極大のエネルギーが収束し、防壁のすぐ脇の荒野に向けて放たれた。
ズガァァァァァァァンッ!!!
一撃。ただそれだけで、荒野の一部がえぐり取られ、底が見えないほどの巨大なクレーターが穿たれた。もしあれが防壁を直撃していれば、城塞都市は一瞬で半壊していただろう。
「あんな化け物、どうやって倒すっていうのよ……!」
セレスティアが青ざめた顔で杖を握りしめる中、防壁の下の荒野へ、三つの影が飛び出していくのが見えた。
「ジンさん、ヴォルグさん、ドーガさん……!」
ミナが叫ぶ。
三人のAランク冒険者たちは、都市を守るために誰よりも早く最前線へと駆け出していた。
最初に動いたのは、神速のジンだった。
彼の姿がフッと掻き消えたかと思うと、巨獣の巨大な前足の関節部に無数の斬撃が刻み込まれる。刃こぼれ一つ起こさない完璧な太刀筋。
しかし、巨獣の鱗はあまりにも分厚く、ジンの短剣では表面を僅かに傷つけることしかできない。しかも、刻まれた傷は青白い光と共に一瞬で再生していく。
「チッ……! 硬すぎる上に、自己再生まであるのかよ!」
ジンが舌打ちをして後退しようとした瞬間、巨獣の頭上から、すさまじい重圧が降り注いだ。
「――《圧潰》」
ヴォルグの放った重力魔法だ。
巨獣の巨体がズンッ、と沈み込み、足元の岩盤が粉々に砕け散る。
だが、その魔法の影響は、巨獣の足元を駆け抜けていたジンをも巻き込んでしまった。
「ぐおっ!? 体が……重いッ!」
「ジン……! すまない、範囲から離れろ!」
ジンが重力に足を取られ、体勢を崩す。ヴォルグが慌てて魔法の出力を弱めようとした時、今度は巨漢の僧侶・ドーガが猛然と突進してきた。
「うおおおおおッ!!」
ドーガは巨獣の横腹に跳び蹴りを叩き込む。しかし、その巨体はビクともしない。
逆に、巨獣の太い尾が薙ぎ払いのようにドーガを直撃した。
普通なら全身の骨が砕け散る一撃。だがドーガは、空中で口から血を吐きながらも、自身に治癒魔法をかけ続け、着地と同時に再び巨獣へと殴りかかっていく。
「どけ、ドーガ! お前がいると魔法が撃てない!」
「知るか! 俺が抑えている間に隙を突け!」
ヴォルグが杖を構えるが、ドーガが巨獣にへばりついて乱打を浴びせているため、範囲の広い重力魔法を撃てば彼ごと押し潰してしまう。
ジンもまた、ドーガの荒々しい立ち回りと、ヴォルグの重力の余波を警戒しなければならず、持ち前の「神速」を全く活かしきれずにいた。
防壁の上からその様子を見ていたハヤトは、歯がゆさに拳を強く握りしめた。
(やっぱりだ……。三人の力は凄まじいのに、全く噛み合っていない!)
ジンの速さは、ヴォルグの魔法を警戒することで殺されている。
ヴォルグの魔法は、前に出るドーガを巻き込まないように手加減されている。
ドーガの再生力は、二人の攻撃の隙を作るどころか、逆に二人の射線を塞ぐ障害物になってしまっている。
彼らはそれぞれが強すぎるがゆえに、他人の動きに合わせるという経験をしてこなかった。
単独であれば圧倒的な力を誇る三人が、同じ戦場に立った途端、互いの動きを邪魔し合い、力を打ち消し合ってしまっているのだ。
「グルルルルル……ォォォォォォォッ!!」
三人の攻撃がバラバラであることを悟ったのか、巨獣が鬱陶しそうに咆哮を上げた。
そして、背中の水晶がこれまでで一番強烈な青白い光を放ち始める。狙いは、足元で邪魔をしている三人の男たち。
直撃すれば、いくらAランクの彼らでも無事では済まない。
「あいつら、逃げ場がないわ!」
リアナが焦燥の声を上げる。
三人は互いの動きが邪魔になり、回避行動すら遅れていた。
その瞬間。
「ミナさん、リアナさん、セレスティア様! ここから俺たちの背中を援護してください!」
ハヤトは背負っていた重厚な大盾――キャパシタシールドの革帯を外し、左腕にガッチリと装着した。
「ハヤト、行くの!?」
「はい! あの三人は強い。でも、今のままじゃ絶対に勝てない。誰かが間に入って、あのバラバラの力を一つにまとめなきゃ駄目なんです!」
ハヤトは、ガルドの鋼がコーティングされた大盾を構え、迷うことなく防壁から眼下の荒野へと飛び降りた。
鍛え上げられた足腰の筋肉が、着地の衝撃を完全に吸収する。
「な、なんだお前は! 王都のガキが、こんな所に出てくるな!」
ヴォルグが血相を変えて叫ぶ。
しかしハヤトは、彼らの制止を聞かず、三人の男たちと巨獣のちょうど中心へと躍り出た。
巨獣の口から、城壁すら消し飛ばすほどの極大のエネルギー波が放たれる。
「死ぬ気か! 避けろ!」
ジンが叫んだ。
だがハヤトは、一歩も引かずに左腕の盾を突き出し、大地に渾身の力で踏み込んだ。
「――来いッ!」
ズガァァァァァァァァァァ!!!!
星喰いの巨獣が放った破滅の光条が、ハヤトの構える盾に真正面から激突した。
周囲の岩盤が吹き飛び、猛烈な土煙が荒野を包み込む。
三人のAランク冒険者たちは、思わず腕で顔を覆い、その凄まじい破壊の余波に耐えた。
やがて光が収まり、土煙が晴れた後。
「……嘘、だろ」
ドーガが、目を丸くして呟いた。
えぐり取られた大地の中心で、黒と銀が混ざり合った大盾を構えたハヤトが、両足から煙を上げながらも、一歩も退かずに立っていたのだ。
巨獣の放ったエネルギーの大半は、古代のコンデンサを内蔵した盾に完全に吸収され、物理的な衝撃はガルドの鋼がすべて弾き返していた。
「な、何なんだ、その盾は……。お前、無傷なのか……!?」
唖然とするヴォルグたちを振り返り、ハヤトは静かに、しかし力強い声で告げた。
「あなたたちの力は、強すぎる。だから、互いに遠慮して力を出し切れていない」
ハヤトは盾を下ろし、三人の男たちを真っ直ぐに見据えた。
「俺が、皆さんの間に入って『盾』になります。俺が指揮をとる。……俺の指示通りに動いて、あなたたちの百パーセントの力を、俺に預けてくれませんか」
強大すぎる三つの孤高を一つに束ねるため。
最弱だったはずの静電気使いの少年が、Aランクの男たちの中心で、堂々とその背中を預けようとしていた。




