寡黙なる男たちと、すれ違う尊敬
ギルド酒場は、文字通り水を打ったような静けさに包まれていた。
ハヤトの提案から数分後。周囲の冒険者たちが「絶対に殺し合いが始まる」と顔を引きつらせて見守る中、酒場の中央にある一番大きな円卓に、三人のAランク冒険者が腰を下ろしたのだ。
神速のジン。
重圧の魔術師ヴォルグ。
金剛の僧侶ドーガ。
そして、彼らに向かい合うように座るハヤト。
ハヤトは背負っていた重厚な大盾を床に置き、三人の顔を順番に見渡した。
「……で。何の真似だ、これは」
最初に口を開いたのはジンだった。腕を組み、深くフードを被ったまま、隣に座るヴォルグとドーガを鋭く睨みつけている。
「俺は、こいつらみたいに大仰な魔法や腕力で目立つ連中とは反りが合わない。コソコソ隠れて背中から刺すような盗賊の戦い方なんて、どうせ見下してるんだろ」
トゲのある言葉。
だが、ハヤトにはそれが、強烈な劣等感の裏返しのように聞こえた。
ジンがそう言い放った瞬間、杖を抱え込むようにして座っていたヴォルグが、ボソリと陰気な声で呟いた。
「……見下すだと? 冗談を言うな。
俺の魔法は、ただ周囲を無差別に押し潰すだけの不器用な力だ。
お前のように、味方を巻き込まずに一瞬で敵の急所だけを抜き取るような『繊細な技』など、俺には到底真似できない」
「なっ……」
ヴォルグの言葉に、ジンがわずかに目を見開く。
ヴォルグは分厚いローブの裾をギュッと握りしめ、自嘲するように続けた。
「お前たちこそ、俺のことが鬱陶しいのだろう。俺が魔法を使えば、周囲にいる味方まで重圧で動けなくなる。だから俺は、誰の迷惑にもならないように、いつも一人で戦うしかなかった。……お前たちの足を引っ張りたくないからな」
その痛切な本音に、今度はジンが言葉を失った。
「犬猿の仲」などと噂されていたが、ジンはヴォルグを嫌っていたわけではなく、ヴォルグもまたジンを見下してなどいなかったのだ。
むしろ、互いの自分にはない才能を『尊敬』するあまり、勝手に引け目を感じて距離を置いていたに過ぎない。
「……お前ら、難しく考えすぎだ」
ずっと黙って腕を組んでいた巨漢の僧侶、ドーガが、腹の底に響くような低い声で口を開いた。
ジンとヴォルグがビクッと肩を揺らす。
「いいか。一番気味が悪いのは俺だ。僧侶のくせに後ろから癒すこともできず、敵の攻撃を自分の肉体で受けながら、その傷を塞いで殴り続ける。血まみれで戦う俺の姿を見て、周囲の奴らは『野蛮な化け物』だと気味悪がって逃げていく。……お前らみたいな、洗練された技や魔法を持ってる奴らから見れば、俺の戦い方なんて泥臭くて滑稽だろうが」
ドーガはバツが悪そうにそっぽを向き、大きなジョッキを煽った。
(……なんだ、この人たち)
ハヤトは、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
Aランクという、この街で最強とされる三人の男たち。彼らはそれぞれが強すぎるがゆえに、「自分の力が仲間にどう思われるか」「味方を傷つけてしまわないか」を極端に恐れていた。
彼らは誰よりも仲間を求めていながら、誰よりも臆病で、極度の口下手だったのだ。
遠くの席から様子を窺っていたセレスティアたちも、ぽかんと口を開けていた。
「……嘘でしょ。あんなに怖かったAランクの男たちが、みんな揃って『俺なんて……』って卑屈になってるじゃない」
「ただの、ものすごく不器用な人たちだったんですね……」
リアナとミナが、呆れたようにため息をつく。
「ジンさん、ヴォルグさん、ドーガさん」
ハヤトは穏やかな声で、三人の男たちに語りかけた。
「皆さんは、お互いのことを『嫌っている』と勘違いしていただけです。強すぎる力を持っているせいで、誰かに頼る方法が分からなかったんですよね」
ハヤトは床に置いた自分の大盾を撫でた。
「俺も少し前まで、自分の頭で考えた理屈が一番正しいと思い込んで、仲間を頼らずに一人で突っ走っていました。その結果、一番大切な人を失って、自分の腕も壊しかけた。……個人の力には、絶対に限界があります。どんなに強い剣も、盾がなければいつか折れるように」
ハヤトの真っ直ぐな言葉に、三人の男たちは黙り込んだ。
彼らには痛いほど分かっていたのだ。一人で戦い続けることの孤独と、ふとした瞬間に訪れる「自分一人ではどうにもならない限界」への恐怖を。
「もし良ければ、これからは四人で――」
ハヤトが、彼らの間に『橋(繋がり)』を架けようとした、その時だった。
バーーーンッ!!!
ギルドの重い扉が、蹴破られるような勢いで開け放たれた。
飛び込んできたのは、血まみれになった見張りの兵士だった。
「き、緊急事態だァァァッ!! 総員、武装して城壁へ向かえ!!」
兵士の悲痛な叫びに、酒場の空気が一瞬で凍りつく。
先ほどまで卑屈になっていたジン、ヴォルグ、ドーガの三人の目つきが、一瞬にして『最強の冒険者』のそれへと変わった。
「北西の山脈から……『星喰いの巨獣』が降りてきた!! Sランク相当の災害指定魔物だ! このままじゃ、街が防壁ごと消し飛ばされるぞ!!」
「Sランクだと……!?」
「冗談じゃねえ、そんなもん防げるわけがない!」
冒険者たちがパニックに陥り、怒号と悲鳴が入り乱れる。
「……行くぞ」
ジンが短剣を抜き放ち、風のように立ち上がった。
ヴォルグも無言で黒曜石の杖を握りしめ、ドーガは首の数珠を鳴らして立ち上がる。
彼らは互いに言葉を交わすことはなかったが、その背中には、この街を守るという共通の強い意志が宿っていた。
「ミナさん、リアナさん、セレスティア様! 俺たちも行きます!」
ハヤトは大盾を背負い直し、少女たちへ振り返った。
誤解が解けかけた三人のAランク冒険者。
しかし、まだ彼らの間に本当の繋がり(連携)は生まれていない。
未曾有のSランクの厄災を前に、ハヤトは己の盾と知恵で、彼ら三人の力を一つに束ねる覚悟を決めていた。




