金剛の僧侶と、永久機関(クローズド・サイクル)
ヴォルグの規格外の重力魔術を目の当たりにした午後。
ハヤトたちは、街で不足した物資や回復薬を買い足すため、
冒険者ギルドの裏手にある解体所・素材買取所の並ぶ通りを歩いていた。
セレスティアは先ほどのショックからまだ立ち直れていないらしく、
無言で杖の先を見つめたまま歩いている。ミナとリアナも、あの圧倒的な力の差を見せつけられ、
どこか口数が少なくなっていた。
「……気に病む必要はありません。Aランクの彼らが特異すぎるだけで、俺たちのシステムが劣っているわけじゃないんですから」
ハヤトは背中のキャパシタシールドを少し揺らしながら、彼女たちを励ますように言った。
しかし、その言葉も虚しく、通りを歩く彼らの前に、三つ目の『特異点』がその姿を現した。
ズシンッ……! ズシンッ……!
地響きのような重い足音が、通りの向こうから近づいてくる。
周囲の冒険者や解体屋たちが、
「おい、道を空けろ!」「ドーガ様のお帰りだ!」と慌てて左右に避けていく。
ハヤトたちが立ち止まって見ていると、そこには信じられない光景があった。
「あれ……一人で引きずってるの……!?」
リアナが思わず声を漏らした。
体長が10メートルはあろうかという、巨大なサイのような魔獣『グランド・ホーン』。
Bランクのパーティが総出で挑み、なんとか倒せるかどうかの巨獣だ。
その何トンもある巨獣の死骸を、太い鎖で縛り上げ、まるでただの荷車を引くように「たった一人」で引きずって歩いてくる男がいた。
身長2メートルを超える筋骨隆々の巨漢。
上半身は半裸で、無数の傷跡と分厚い筋肉の鎧で覆われている。
首には数珠のような大粒の首飾りを下げており、いかにも荒くれ者の戦士といった風貌だ。
しかし、その男の腰に下げられているのは、剣でも斧でもなく――神に祈りを捧げるための「聖印」だった。
「……あの人が、三人目のAランク。金剛の僧侶、ドーガ……」
ハヤトは、その巨大な筋肉の塊のような男を見上げて息を呑んだ。
ミナも、同じ「僧侶」という職業でありながら、自分とは対極にあるその存在に言葉を失っている。
「僧侶って、普通は後衛で味方を回復する役割ですよね……? どうして、あんな大きな魔獣を一人で……」
ミナの疑問に答えるように、ハヤトの網膜上で教授が『エネルギー保存の法則』の図解を展開した。
『マスターよ。あの男の肉体で行われているのは、自己完結した“永久機関”じゃ』
(永久機関……? どういうことだ、教授?)
『僧侶が使う治癒魔法は、細胞の再生を爆発的に早める力じゃな。
あの男は、敵から攻撃を受けて肉体が破壊されると同時に、自分自身に対して強烈な治癒魔法をかけ続けておる。
破壊と再生が完全に同時に行われることで、事実上“死なない前衛”として戦場に立ち続けることができるのじゃ!』
ハヤトは戦慄した。
通常、治癒魔法は他者にかけるか、戦闘が終わった後に自身に使うものだ。
しかしドーガは、戦闘の最中、敵の牙や爪で肉を削られながら、
その瞬間に回復魔法で肉体を塞ぎ、反撃の拳を叩き込んでいるのだ。
ダメージを受ける前提で、回復と攻撃を同時に行う。
それは、痛覚と恐怖を完全に無視した狂気の戦法だった。
「ドーガ様、お疲れ様です! す、すごい大物ですね!」
解体所の主人がもみ手をしてすり寄ってくる。
しかしドーガは、ギロリと鋭い目で主人を睨みつけると、鎖を無造作に投げ捨て、ドスの効いた低い声で一言だけ言い放った。
「……金に換えろ」
「は、はいッ! すぐに見積もりを!」
解体所の主人が慌てて魔獣の死骸に群がる解体人たちを指揮し始める。
ドーガはそれ以上何も語らず、ハヤトたちの方をチラリと一瞥しただけで、重い足音を響かせながらギルドの方へと歩き去っていった。
「……怖かった……。あの人、本当に僧侶なの?」
ミナが青ざめた顔でハヤトの背中に隠れる。
「僧侶でありながら、最強のタンク(盾役)でもあるんでしょう。……ただ、彼もジンやヴォルグと同じで、誰ともパーティを組んでいません」
ハヤトはドーガの巨大な背中を見つめながら、その理由を推測した。
ドーガの戦法は「自分がダメージを受けながら戦う」ことだ。しかし、もし彼がパーティを組んで前に立った場合、敵の魔法や範囲攻撃が彼をすり抜けて後衛に向かってしまう
。彼は「自分を回復すること」に全魔力を注ぎ込んでいるため、味方を庇ったり、味方に治癒魔法をかけたりする余裕がないのだ。
「自分の肉体のサイクルを回すことだけで、完全に手一杯なんだ。他の部品(味方)を回路に組み込む余裕がない……独立した閉鎖系」
ジンは、速すぎて誰もついてこれない。
ヴォルグは、出力が高すぎて周囲を壊してしまう。
ドーガは、自分の中でシステムが完結しすぎていて他者を組み込めない。
彼ら三人のAランク冒険者は、それぞれが「極限まで特化した一つの機能」としては完璧だった。
しかし、その規格があまりにも尖りすぎているため、誰とも繋がることができず、結果として「ソロ」でいることしかできないのだ。
「……凄い力だけど、なんだか、とても不器用な人たちですね」
ハヤトの呟きに、リアナが呆れたようにため息をついた。
「ハヤトがそれを言うの? 少し前まで、あんただって『俺一人で効率よく全部やります!』って言って、私たちを無視してボロボロになってたじゃない」
「うっ……。そ、それは、本当に反省しています。だからこそ、彼らの不器用さがよく分かるんです」
ハヤトは苦笑いしながら、自分の背中に背負ったキャパシタシールドに触れた。
ガルドが命を賭して教えてくれた、仲間の大切さ。回路は、一つだけで完結するよりも、互いに繋ぎ合うことでより大きな力を生み出す。
「彼らは強力な部品だけど、それを繋ぐための『配線』がないんだ。
……だから、すれ違ったまま、互いに噛み合わない」
城塞都市に君臨する、三つの独立した極限。
そのアンバランスな均衡が、間もなく訪れる未曾有の厄災によって、無残に崩れ去ろうとしていることを、この時のハヤトたちはまだ知る由もなかった。




