城塞都市グラン・ロア と 三つの極限
果てしなく続く荒野の向こうに、天を衝くような巨大な石造りの防壁が姿を現した。
幾重にも折り重なる防壁は、まるで大地そのものが盛り上がって作られたかのように堅牢で、そこには数多の魔物の爪痕や魔法が弾けた焦げ跡が無数に刻まれている。
「すごい……。王都の城壁よりもずっと高くて、分厚いわね」
馬車の窓から顔を出したセレスティアが、感嘆の声を漏らす。
ここは、魔王軍の領域と人類の生存圏を隔てる最前線の要衝、『城塞都市グラン・ロア』。
常に魔物の脅威に晒されているこの街は、同時に腕に覚えのある高ランク冒険者たちが富と名声を求めて集う、血の気の多い闘技場のような場所でもあった。
「王都のギルドマスターが言っていた通り、並の街じゃないな。空気がヒリヒリしている」
ハヤトは、背中に背負った重厚な『キャパシタシールド』の革帯をギュッと締め直しながら、都市の門をくぐる冒険者たちの顔ぶれを観察した。
すれ違う者たちの体つき、歩く際の重心の低さ、そして装備に染み付いた血の匂い。Bランクに昇格したハヤトの目から見ても、ここを拠点とする者たちの水準は異常なほどに高かった。
ハヤトの背中で、古代のコンデンサとガルドの鋼が融合した大盾が、歩くたびにズシリと頼もしい重さを伝えてくる。
「ガルドさんがいたら、絶対に『腕が鳴るぜ!』って言って、一番に酒場へ駆け込んでいたでしょうね」
リアナが少し寂しそうに、けれど優しい声で呟く。
ハヤトも静かに頷き、背中の盾を背越しに軽くポンと叩いた。都市の門番たちも、ハヤトの背負うその「ただならぬ威圧感を放つ大盾」を見て、畏敬の念を込めて彼らを通した。
都市の中心にある冒険者ギルドは、石造りの巨大な神殿のような造りだった。
ハヤトたちが重い木の扉を押し開けて中に入ると、酒と汗と鉄の匂いが混ざり合った熱気が顔を叩く。
しかし、Bランクの身分証を提示したハヤトたちに向けられる視線は、決して歓迎だけではなかった。
「おい、見ろよ。あれが王都で噂になってる『エレキ・ストライド』だろ」
「あんなガキどもが、魔将を退けたって? 冗談キツいぜ。王都のBランクなんて、この最前線じゃCランクにも満たねえよ」
「まぁ見てろ。数日後には泣いて王都へ逃げ帰るさ」
あからさまな侮蔑と挑発の声が、酒場のあちこちから聞こえてくる。
「なによ、あいつら……! 辺境のならず者だからって、私たちアルバーン家の――じゃなかった、私たち『エレキ・ストライド』がどれだけ苦労してここまで来たか知りもしないで!」
セレスティアが眉を吊り上げ、プライドを傷つけられた怒りで杖を握り直す。
だが、ハヤトはスッと手を伸ばして彼女を制止した。
「放っておきましょう。彼らの言うことも一理あります。俺たちの実績は、あくまで王都でのもの。この極限の環境(最前線)で俺たちのシステムが通用するかどうかは、これから言葉じゃなく、結果で証明すればいいだけです」
ハヤトの落ち着いた態度に、セレスティアは「……まぁ、ハヤトがそう言うなら我慢してあげるわ」と渋々杖を下ろした。
「そ、そうですよね。私たち、これからこの街のやり方にしっかり慣れていかないと……」
ミナも殺伐とした空気に少し肩をすくめながらも、ハヤトの冷静な背中を見てホッと息をついた。
ギルドの受付で手続きを済ませていると、ふと、酒場全体を覆っていた喧騒が、潮が引くようにピタリと止んだ。
ハヤトが振り返ると、ギルドの入り口に一人の男が立っていた。
黒い軽装鎧に身を包んだ、細身の男。
腰には二振りの短い短剣を帯びているだけの、一見すればごく普通のシーフ(盗賊)だ。
だが、その男が歩みを進めるたびに、周囲の屈強な冒険者たちが、まるで猛獣を避けるように道を開けていく。
「……あの人、足音が全くしない」
リアナが、信じられないものを見るように目を細めた。
同じ素早さを武器にする彼女だからこそ、その異常性が分かった。
歩幅、重心移動、空気の抵抗。そのすべてが完全に制御され、周囲の環境に一切のノイズ(音)を発生させていないのだ。
男は誰とも目を合わせず、無言で依頼掲示板の最高難易度(Aランク)の札を一枚引き剥がすと、そのまま風のようにギルドから立ち去ってしまった。
「……今の、誰ですか?」
ハヤトが受付の女性に尋ねると、彼女はひきつった愛想笑いを浮かべて答えた。
「神速のジン様です。この城塞都市グラン・ロアに滞在する、三人の『Aランク冒険者』のお一人ですよ」
「Aランク……。彼一人でパーティは組まないんですか?」
「ええ。ジン様だけではありません。この街にはあと二人、魔術師のヴォルグ様と、僧侶のドーガ様というAランクの方がいらっしゃいますが……皆様、常に『ソロ』で活動されているんです」
受付の女性の言葉に、ハヤトは眉をひそめた。
迷宮探索や魔物討伐において、パーティの連携は生存のための絶対条件だ。
前衛、後衛、治癒の役割を分担するからこそ、強大な敵を打倒できる。
ガルドの死を通じてそれを痛感したハヤトにとって、Sランクに近いとされる実力者たちがソロ稼働にこだわっているのは、極めて不自然に思えた。
「あの三人、お互いに顔を合わせれば殺し合いになりかねないほど、犬猿の仲だと言われているんです。性格も戦い方も全く違うから、他の誰とも連携が取れないんですよ。……『規格外』すぎるんです」
(規格外……高すぎる出力が、他の部品を焼き切ってしまう独立電源のようなものか)
ハヤトは、男が消えたギルドの扉の向こうを見つめた。
圧倒的な能力を持ちながら、交わることのない三つの極限。
強力な部品が揃っているのに、それぞれが孤立して機能不全を起こしている巨大な機械のように見える。
城塞都市グラン・ロア。
魔物の脅威と、最強の孤高たちが交錯するこの街で、ハヤトは物理法則と魔法が織りなす新たな『理』の深淵に触れることになる。




