鏡面装甲と電磁誘導加熱
隔壁を抜け、機巧迷宮をさらに深部へと進むエレキ・ストライドの一行。
迷宮の空気は次第に乾燥し、金属の焼けるような特有の匂いが漂い始めていた。
「止まって。……この先の広間、何か巨大なものがいるわ」
斥候として先行していたリアナが、通路の角でピタリと足を止め、背後のハヤトたちに合図を送った。
ハヤトが左腕のキャパシタシールドを構えたまま静かに角を覗き込むと、ドーム状の広間の中央に、全高4メートルほどの巨大な機械兵が鎮座しているのが見えた。
「あれは……ゴーレムの一種ですか?」
「ただのゴーレムじゃないわ。見て、あの表面」
セレスティアが眉をひそめて囁く。
その機械兵の全身を覆う装甲は、まるで磨き上げられた鏡のように周囲の景色を歪みなく反射していた。くすんだ金属の壁が続くこの迷宮の中で、その異常なほどの光沢は異質そのものだった。
「侵入者、検知。排除モードへ移行シマス」
機械兵の頭部にあるスリットが不気味な青色に発光し、重々しい足音と共にハヤトたちの方へ向き直った。
「来るよ! まずは私が様子を見る!」
リアナが風のように飛び出し、双刃を構えて機械兵の膝関節めがけて斬り込んだ。
甲高い金属音が広間に響き渡る。
「うそっ!? 硬っ……!」
リアナの鋭い刃は、表面に傷一つ付けることができず、逆に弾き返されてしまった。彼女は空中で体勢を立て直し、ハヤトの背後へと着地する。
「物理攻撃がほとんど通らないみたい! すごく滑らかで、刃が滑っちゃう!」
「なら、私の魔法で一気に溶かすわ! 《紅蓮の業火》!」
セレスティアが杖を振りかざし、広間の空気を焼き尽くすほどの極大の炎を機械兵めがけて放った。
すさまじい業火が鏡面の装甲を包み込む。
しかし――炎が晴れた後、そこに立っていた機械兵は、表面がわずかに煤けただけで、赤熱することすらなく平然と稼働を続けていた。
「な、なんで!? 私の最大火力の炎を浴びて、どうして溶けていないの!?」
驚愕するセレスティアに、ハヤトは冷静に敵の構造を分析して告げた。
「あの装甲の『光沢』が原因です! 以前、大氷原から超伝導の遺物を持ち帰る時に、熱の移動を防ぐために『鏡面』の筒を作ったのを覚えていますか?」
「あっ……熱を、光として反射するって言っていた……!」
「そうです。あの機械兵の装甲は、物理的な硬さだけじゃなく、熱放射(電磁波)を完全に跳ね返す『鏡』なんです。外側からどれだけ炎を浴びせても、熱が内部に伝導する前にすべて反射されてしまう!」
圧倒的な物理硬度と、魔法の熱を無効化する鏡面装甲。
攻防一体の完全な要塞として作られた古代の防衛兵器が、右腕に内蔵された巨大な回転刃を振り上げ、ハヤトたちに迫る。
「ハヤト君、来ます!」
「下がってください! 俺が止めます!」
ハヤトはキャパシタシールドを前面に押し出し、機械兵の回転刃を真正面から受け止めた。
ガァァァァンッ!!
火花が散り、激しい衝撃がハヤトの左腕を襲う。しかし、鍛え上げられた筋肉と、ガルドから受け継いだ鋼の装甲が、その一撃を完璧に防ぎ止める。
『ほっほっほ。外からの熱を反射する完璧な鏡。魔法使いにとっては最悪の相性じゃな』
視界の端で、白衣を着た『教授』が腕を組みながら図解を展開した。
『だがマスターよ、相手が“金属”である以上、熱の発生源を外側に頼る必要はなかろう。外から熱を与えられないのなら、金属そのものの内側から熱を生み出せばよいのじゃ』
(内側から熱を生み出す……! そうか、電磁誘導か!)
ハヤトの脳裏に、明確な破壊のシステムが組み上がった。
『その通り! 金属に対して高周波の交番磁界(激しく向きが変わる磁力)を与えれば、金属の内部に無数の“渦電流”が発生する。その電流が金属自身の抵抗とぶつかることで、ジュール熱が発生し、金属そのものが発熱体となる……“電磁誘導加熱”じゃ!』
教授が、高周波磁界による渦電流損 P を示す公式を空中に浮かび上がらせる。
P∝f
2
B
2
磁束密度 B と、周波数 f の二乗に比例して、金属内部の熱は爆発的に増大する。
鏡面で反射できるのは外部からの熱放射だけだ。磁力線を透過させ、内側に直接電流を発生させれば、鏡面装甲の防御は完全に無意味となる。
「リアナさん! 俺の銅線を、あいつの身体に巻き付けてください!」
ハヤトはガントレットから極太の銅線を引き出し、リアナに向かって投げ渡した。
「巻き付ける!? 分かった、やってみる!」
リアナは銅線の端を受け取ると、持ち前の圧倒的な敏捷性を活かし、機械兵の周囲を高速で駆け回り始めた。振り下ろされる回転刃を紙一重で躱しながら、敵の胴体ぐるぐると何重にも銅線を巻き付けていく。
「よし、巻けたわよ!」
「ありがとうございます! セレスティア様、俺のキャパシタシールドに魔力を! 超高周波の電流に変換します!」
「任せなさい! 私の魔力、全部持っていきなさい!」
セレスティアが杖を通じて、ハヤトの盾に膨大な魔力を注ぎ込む。
ハヤトは盾に蓄えられた魔力と電気エネルギーを統合し、銅線へと流し込む準備を整えた。
「ミナさん! アースを!」
「はいっ!」
ハヤトがキャパシタシールドを床に叩きつけ、接地杭を迷宮の床に深く突き刺す。同時に、ミナがハヤトの背中にそっと触れ、万が一の逆流に備えて治癒と大地の魔力を展開した。
かつてのようにミナが火傷を負う心配はない。盾の接地杭が、すべての危険な負荷を大地へと逃がしてくれる。
「システム・オンライン……高周波交番磁界、展開ッ!!」
ハヤトは、機械兵に巻き付けた銅線に、プラスとマイナスが1秒間に数万回も入れ替わる『超高周波の交流電流』を流し込んだ。
ブゥゥゥゥンッ……!!
広間の空間が震えるような、低い共鳴音が鳴り響く。
コイルから発生した強力な高周波磁界が、機械兵の鏡面装甲を貫通し、その内部へと直接干渉を開始した。
「ピ……ピピ……。内部温度、異常上昇。冷却システム、エラー」
機械兵の動きが急激に鈍り始めた。
炎を反射して無傷だったはずの鏡面装甲が、突如として内側から「赤熱」し始めたのだ。
金属の内部で発生した強烈な渦電流が、機械兵の装甲そのものを数千度の発熱体へと変えている。外部からの攻撃ではなく、自分自身の身体がストーブになったかのように、内側から溶け出していく。
「すごい……! 私の炎は弾かれたのに、装甲が内側からドロドロに溶けてる……!」
セレスティアが信じられないという顔でその光景を見つめる。
「ピィィィ……致命的ナ、熱損傷――」
ドロォォォ……ッ。
やがて、完全に融点を突破した鏡面装甲と内部の駆動骨格が限界を迎え、巨大な機械兵は自重に耐えきれず、スライムのように崩れ落ちて完全に融解した。
広間に残されたのは、赤く熱を放つ金属の溶だまりだけだった。
「……対象の完全融解を確認。戦闘終了です」
ハヤトが電流を止め、接地杭を引き抜いて深い息を吐いた。
リアナが感嘆の声を上げながら、ハヤトの肩を軽く叩く。
「内側から溶かしちゃうなんて、本当にハヤトの頭の中はどうなってるのよ。硬い鎧も鏡の盾も、ハヤトの理屈の前じゃ形無しね」
「魔法の炎が効かない相手でも、物理の法則なら絶対に通り道がありますから。……リアナさんが素早くコイルを巻いてくれたおかげです」
「ふふん、私の足の速さがあってこその戦術でしょ!」
リアナが自慢げに胸を張り、セレスティアとミナも笑顔で駆け寄ってくる。
強力な個の力に頼るのではなく、仲間の魔力と技術を組み合わせ、物理法則というシステムを完璧に駆動させる。
新生エレキ・ストライドの連携は、Bランクの迷宮の脅威すらも、確かな計算と絆のもとに圧倒していくのだった。




