電磁干渉(EMI)の反響と、導線の許容電流
魔王軍幹部との死闘から数週間。
ハヤトたち『エレキ・ストライド』は、王都のギルドから正式なBランク冒険者としての初任務を受注し、王都近郊の山岳地帯に隠された古代遺跡――『機巧迷宮』へと足を踏み入れていた。
「慎重に進むわよ。ここはBランク指定の地下迷宮。大規模な魔物の軍勢こそいないけれど、古代の厄介な罠や、狭い通路での奇襲がメインになるわ」
先頭を歩くリアナが、双刃を低く構えながら小声で注意を促す。
大規模な野戦や防衛戦とは違い、薄暗く閉鎖的なダンジョン探索においては、一歩の判断ミスがパーティの全滅に直結する。ガルドという最強の盾を失った今、陣形の最前線を務めるのは、左腕に重厚な『キャパシタシールド』を構えたハヤトだった。
「大丈夫です。リアナさんは索敵に集中してください。前方の物理的な危険は、俺とこの盾が全部弾きます」
ハヤトは、キャパシタシールドの表面を覆う『ガルドの鋼』を撫でながら、力強く頷いた。
周囲は継ぎ目のない鈍色の金属壁で覆われており、冷たく湿った空気が肌を撫でる。たいまつ代わりにセレスティアが杖の先に小さな光球を灯しているが、その光すらも金属壁に不気味に反射し、奥行きを錯覚させそうになる。
しばらく入り組んだ通路を進むと、一行は広々とした長方形の区画へと出た。
部屋の最奥には、床から天井までを塞ぐ分厚い鋼鉄の隔壁がそびえ立っている。そして、その隔壁を守るように、通路の両脇には身の丈2メートルを超える『機械仕掛けのガーゴイル』が、まるで彫像のように等間隔で沈黙して並んでいた。
「……嫌な気配ね。あいつら、今は動いていないみたいだけど、私たちが近づいたら一斉に襲いかかってくるお約束のパターンじゃないかしら」
セレスティアが眉をひそめ、杖の先でガーゴイルを指し示した。
「そうですね。あの隔壁を開けないと先へは進めませんが……。ロックを解除するコンソール盤らしきものはありますが、電力が通っていません。壁の中から伸びているはずの動力ケーブルが、経年劣化で完全に断線しています」
ハヤトが隔壁の横にある操作盤を調べながら言った。
太いゴムのような絶縁体で覆われた古代のケーブルが、中途半端にちぎれて火花を散らしている。
「なら、ハヤトの出番ね。あんたの雷で、その扉の回路に直接電気を流し込んで無理やり開けちゃえばいいじゃない」
「簡単に言わないでください、リアナさん。このサイズの重隔壁を動かすモーターを駆動させるには、かなりの大電流が必要です。俺の生体バッテリーだけじゃ足りないので、セレスティア様に魔力を注いでもらって変換する必要があります」
ハヤトはガントレットから予備の銅線を取り出し、ちぎれたケーブルの両端を繋ぎ合わせようと準備を始めた。
だがその時、ハヤトの網膜上で青いウィンドウがけたたましく警告音を鳴らした。
『待てマスター! その細い銅線一本で、隔壁を動かすほどの大電流を流す気か!?』
(駄目なのか、教授? 電気の道さえ繋がれば……)
『大馬鹿者! “許容電流”を忘れたか! 導線には、その断面積(太さ)に応じて安全に流せる電流の上限が決まっておる。要求される巨大な負荷に対して、その細いハーネス一本で電力を供給しようとすれば、ジュール熱で銅線が瞬時に溶け落ち、電気的なショートを引き起こして火災になるぞ!』
教授の怒号に、ハヤトはハッとして手を止めた。
航空宇宙や高度な機械設計において、適切な線径(ケーブルの太さ)の選定は基本中の基本だ。電流の要求値に対して細すぎる線を使えば、それはすなわち死に直結する。
「……危なかった。セレスティア様、俺の持っている銅線を五本束ねて、並列に繋ぎます。これで断面積を稼いで、許容電流のスペックを満たす太いハーネス(ケーブル)を作ります」
「わ、分かったわ。準備ができたら私の魔力を注げばいいのね?」
ハヤトが手際よく複数の銅線を撚り合わせ、即席の極太ケーブルを作成して断線箇所をブリッジ(橋渡し)する。
これで電力の供給ルートは完璧だ。
「よし。ミナさん、俺の背中に触れて魔力変換のサポートをお願いします。セレスティア様、魔力注入を!」
「いくわよ! 《魔力供給》!」
セレスティアが杖を通じて、ハヤトの背中に純度の高い魔力を流し込む。
ハヤトはその魔力を生体バッテリーで大電流に変換し、束ねた極太の銅線を通じて隔壁の操作盤へと送り込んだ。
ギュィィィィン……ッ!
隔壁の奥で、数百年ぶりに重厚なモーターが唸りを上げる音が響いた。
だが、問題は『別のところ』で発生した。
「……ピピッ。空間内ニテ、強力ナ高周波ノイズヲ検知」
「排除、排除シマス」
突如として、通路の両脇で沈黙していた機械のガーゴイルたちの目が、一斉に不気味な赤色に発光し始めたのだ。その数、およそ十体。
「なっ!? 隔壁を開ける電気は流したけど、あいつらには攻撃なんてしてないのに!」
リアナが慌てて双刃を構え、ミナを守るように前に出る。
ハヤトも驚愕して周囲を見渡した。
なぜセキュリティが作動したのか。その答えは、教授が展開した『電磁波』の図解に示されていた。
『マスター! この部屋の壁の材質じゃ! この金属壁は、電磁波を乱反射させる性質を持っておる。セレスティア嬢が強大な魔力を放出し、お前が大電流を変換したことで発生した“強烈な魔力ノイズ(高周波の電磁波)”が、この閉鎖空間の中で逃げ場を失い、飛び交っておるのじゃ!』
(……電磁干渉(EMI)か!)
ハヤトは瞬時に事態の厄介さを悟った。
大電流や魔法が発する見えない電磁ノイズが、閉鎖された金属の部屋の中で反射を繰り返し、ガーゴイルたちの繊細なセンサーを誤作動(EMS)させてしまったのだ。
いわば、巨大な電子レンジの中で機械を起動させてしまったような状態である。
「ハヤト君、ガーゴイルたちが動きます! 隔壁が開くまで、まだ時間がかかりそうです!」
ミナの悲鳴が響く。
十体の重装甲ガーゴイルが、鈍い駆動音を立てながら一斉にハヤトたちへと襲いかかってきた。
隔壁に電気を流し続けているハヤトは、その場から一歩も動くことができない。
「ハヤトは扉に集中して! 私たちが時間を稼ぐわ!」
「《炎刃の風》!」
リアナとセレスティアが迎撃に出る。
だが、乱反射する電磁ノイズのせいでセレスティアの魔法の狙いが定まらず、ガーゴイルの分厚い装甲に決定打を与えられない。
「くそっ、この空間のノイズ(EMI)をどうにかして吸収しないと、魔法の照準も合わないし、ガーゴイルの暴走も止まらない……!」
ハヤトは左腕に装着されたキャパシタシールドを見下ろした。
古代の誘電体を組み込んだこの盾は、電気だけでなく、空間の魔力ノイズすらも吸収する性質を持っている。
だが、ただ盾を構えているだけでは、部屋中に充満する電磁波をすべて吸い尽くすことはできない。大容量のノイズを強制的に引き込むための『グラウンド(接地)』が必要だ。
「……ミナさん! 俺の背中から離れないでください! 今からこの盾で、空間全体のノイズを強制的に吸い上げます!」
ハヤトは、隔壁へ電力を送り続けている右腕の制御を維持したまま、左腕のキャパシタシールドを力強く床の金属板に叩きつけた。
「接地展開ッ!!」
ガシャンッ!!
盾の底面から飛び出した極太の『接地杭』が、迷宮の金属床を貫き、地中深くまで突き刺さる。
盾と大地が、極めて抵抗の少ない一本の太い回路で結ばれた瞬間だった。
「ノイズ・フィルタリング……最大出力!」
ハヤトのキャパシタシールドが、掃除機のようにすさまじい勢いで空間の電磁波を吸い込み始めた。
閉鎖空間の中で乱反射していたセレスティアの魔力ノイズや、ガーゴイルたちが発する駆動ノイズが、行き場を求めて最も抵抗の低いルート――すなわち『ハヤトの盾を通じて大地へと逃げるアースの道』へと殺到したのだ。
バチバチバチィィッ!!
盾の表面を覆うガルドの鋼が青白く発光し、莫大なノイズエネルギーが安全に大地へと棄てられていく。
「……空間ノイズ、低下。ターゲット、ロスト……」
電磁干渉がクリアになった瞬間、ノイズによって強制的に戦闘モードへ移行させられていたガーゴイルたちの赤いセンサーが明滅し、再び元の沈黙した彫像へと戻っていった。
「止まった……! 今のうちに!」
セレスティアが杖を振り抜き、機能停止したガーゴイルの関節部を正確な炎の槍で撃ち抜き、次々と破壊していく。空間のノイズが消え去ったことで、彼女の魔法の精度は本来の百発百中の状態へと戻っていた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
それと同時に、ハヤトが許容電流ギリギリで流し続けていた電力がついにモーターを回しきり、巨大な鋼鉄の隔壁が重々しい音を立てて完全に開ききった。
「ふぅ……。システム、正常稼働を確認しました。隔壁の突破、完了です」
ハヤトが接地杭を引き抜き、右腕の束ねた銅線を回収して額の汗を拭う。
大規模な派手な戦闘こそなかったものの、閉鎖空間での電磁ノイズ対策と、適切なハーネスの設計という、極めて緻密な要求を満たさなければ突破できないBランク迷宮ならではの洗礼だった。
「まったく、ただの扉一つ開けるのにも理屈が必要なのね。でも……助かったわ、ハヤト。あんたのその真っ黒な盾、本当に色んな悪さを吸い取ってくれるのね」
セレスティアが安堵の息を吐きながら、キャパシタシールドをトントンと軽く叩いた。
リアナも双刃をしまい、ハヤトの背中に寄り添っていたミナに「お疲れ様」と微笑みかける。
「ガルドさんの鋼が、物理的な攻撃だけじゃなくて、見えないノイズの嵐からも俺たちを守ってくれたんです。……さあ、先へ進みましょう。この迷宮の奥に眠るアーティファクトを回収して、完璧な報告書をギルドに提出しないと」
ハヤトは頼もしい笑みを浮かべ、仲間たちと共に、開かれた隔壁の奥へと広がる未知の暗闇へ、確かな足取りで踏み出していくのだった。




