接地杭(アース・パイル)と、新しい回路の形
三日後。
ハヤトたち四人は、約束通りドワーフの武具工房の重い木の扉を押し開けた。
「よく来たな。……お前さんの左腕の包帯が取れてねえってのが少し気に食わねえが、こっちの準備は万端だ」
親方は炉の火を落とし、作業台の上に置かれた巨大な布をバサリと剥ぎ取った。
その下から姿を現したのは、見る者を圧倒するほどに重厚で、かつ洗練された機能美を持つ巨大な盾だった。
「これが……新しい盾……!」
ハヤトは息を呑み、ゆっくりと盾に触れた。
ベースとなっているのは、古代の巨大な誘電体を組み込んだ漆黒の大盾。だが、その表面は、以前の単調な真っ黒の鉄板ではない。
悪魔の超高熱によって再結晶化し、ドワーフの業火と鍛冶技術によって極限まで打ち鍛え直された『ガルドの鋼鉄』が、盾の最前面を覆う強固な外装として幾重にも融合していた。
黒い下地に、波打つような銀色の刃紋が浮かび上がるその姿は、魔力を喰らうシステムと、仲間を守り抜いた無骨な意志が見事に重なり合った、唯一無二の防壁だった。
「……ガルドの盾の硬さは、もはやオリハルコンにも引けを取らねえ。どんな悪魔の物理攻撃が来ようと、表面の『鋼』が弾き返し、魔法の魔力は内部の『コンデンサ』が残らず吸い尽くす。物理と魔法、どちらにも絶対の耐性を持つ最強の盾だ」
親方は誇らしげに鼻を鳴らし、さらに盾の下部(地面に接する部分)をドンと叩いた。
「それから、お前さんが描いた図面を元に、もう一つ新しいギミックを組み込んでおいたぜ」
親方が盾の裏側にあるレバーを引くと、ガシャンッ! という重い金属音と共に、盾の下部から極太の金属製の『杭』が勢いよく飛び出した。
「盾の底面に内蔵された可動式の『接地杭』だ。お前が盾を構えたまま地面にドンと突き立てれば、この杭が岩盤の奥深くまで突き刺さる」
ハヤトの網膜上で、教授が満足げに図解を展開する。
『うむ! この極太のパイルが大地に突き刺さることで、抵抗値の極めて低い完璧な“アースルート(GND)”が形成される。もはやコンデンサの容量すら超過するような限界突破の大電流を放つ時も、盾自身がアースとなって余剰エネルギーを大地へと安全に逃がしてくれるというわけじゃ!』
「……これで、俺はいつでも、安全に最大火力を撃つことができる」
ハヤトは静かに呟き、背後に立つミナの方を振り向いた。
以前、ハヤトが「これでミナさんにアースを頼まなくて済みますね!」と無邪気に笑った時、彼女は激しく傷つき、泣き出してしまった。ハヤトが自分たちを『不必要だ』と切り捨てたように感じたからだ。
ハヤトは、まだ痛みの残る左腕で盾をしっかりと構え、ミナの目を真っ直ぐに見つめた。
「ミナさん。この盾のアース機能は、俺が一人で戦って自己満足に浸るためのものじゃありません。……俺の放つ危険な熱や電流から、ミナさんを『守る』ための盾です」
「ハヤト君……」
「俺はもう、自分勝手な最適解で仲間を不安にさせたりしません。俺がこの盾で、敵の攻撃も、魔法のノイズも、余分な熱も全部引き受けます。だから……」
ハヤトは、少し照れくさそうに、しかし真剣な声で続けた。
「皆さんは、安心して俺の背中に立ってください。そして……ここぞという時には、皆さんの魔力を俺の背中に注ぎ込んで、『最高の回路』を作る手伝いをしてほしいんです。俺一人じゃ、悪魔には勝てませんから」
ハヤトのその言葉には、かつての「機械の部品として仲間を扱う」ような傲慢さは微塵もなかった。
互いの弱さを補い合い、信頼という絆で回路を繋ぐ。それこそが、彼がガルドの死から学んだ『パーティ』の本当の形だった。
ミナの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
しかしそれは、以前のような悲しみの涙ではない。
「……はいっ! アースは盾にお任せします! その代わり、私がハヤト君の背中から、いっぱいいっぱい治癒と魔力のブーストを送りますからね!」
ミナは満面の笑みでハヤトの前に駆け寄り、彼の右腕にギュッと抱きついた。
「ちょっとミナ、抜け駆けはずるいわよ! 私の魔法のタイミングにもちゃんと合わせてよね。あんたが一人で暴走しないように、私がきっちり手綱(システム管理)を握ってあげるんだから」
「そうだよ! 機動力のないハヤトの死角は、私が全部カバーしてあげる。……ガルドの分まで、私たちがしっかりハヤトを守るんだからね!」
セレスティアがツンとしながらも嬉しそうに杖を掲げ、リアナがハヤトの背中をバンと力強く叩いた。
三人の少女たちの温もりが、ハヤトの心に深く染み渡っていく。
断線していた回路は、より強固な、決して切れることのない『絆』となって再び結ばれたのだ。
「ガハハハ! なんとも羨ましいこった。ガルドの野郎も、あの世で酒でも飲みながら安心して笑ってるだろうぜ」
親方が豪快に笑い飛ばし、ハヤトに新しい盾の革帯を渡した。
ハヤトは傷ついた左腕を慎重に動かし、ガルドの鋼が融合した『継承の蓄電大盾』をガッチリと装着した。
ズシリと来る圧倒的な重量感。しかし、それはハヤトの超回復した筋肉と、仲間たちとの繋がりの前では、決して重荷ではなかった。
「親方、最高の盾をありがとうございます。……これなら、どんな悪魔が来ようと絶対に弾き返せます」
ハヤトは盾の表面に刻まれた、波打つ銀色の鋼を愛おしそうに撫でた。
「行こう、みんな。……魔王軍がこれ以上、俺たちの世界を好き勝手に荒らすのを許さない。俺たち『エレキ・ストライド』が、この盾と回路で、あいつらの野望を完全にショートさせてやる」
氷雨の止んだ王都の空に、雲の切れ間から一筋の陽光が差し込む。
ガルドの魂と、物理法則の極致が融合した絶対防壁を手にした最弱の静電気使いは、三人の心強い仲間と共に、世界を脅かす魔王軍との本格的な戦いへ向けて、新たな一歩を力強く踏み出すのだった。




