Bランク昇格の祝宴と、断線した心
「王都に新たなBランクパーティが誕生したぞ! 『エレキ・ストライド』に乾杯ッ!!」
「「「乾杯ァァァッ!!!」」」
王都の冒険者ギルドに併設された酒場は、かつてないほどの熱気と歓声に包まれていた。
特異個体『ストーム・キマイラ』の討伐という偉業を成し遂げたハヤトたちは、正式にBランク冒険者へと昇格を果たした。ギルドマスターからの直々の発表に、居合わせた冒険者たちがジョッキを高く掲げ、彼らの功績を称えている。
だが、その熱狂の中心にあるはずの主役たちのテーブルだけは、ひどく冷え切った空気が漂っていた。
「……ハヤト君、お水、置いておきますね」
「あ、ありがとう、ミナさん。その、料理、一緒に……」
「いえ、私はリアナさんたちの方に行きますから」
ミナは俯いたまま水の入ったグラスをことりと置くと、逃げるようにリアナとセレスティアのいるカウンター席へと向かってしまった。
ハヤトは伸ばしかけた右手を力なく下ろし、痛々しく白い包帯でぐるぐる巻きにされた自分の左腕を見つめた。
雷撃を無理やり受け止めた代償は大きく、左腕の筋繊維と毛細血管はズタズタになり、全治数週間の重傷を負っていた。電気による痛覚麻痺が切れた今、ズキズキとした鈍い痛みが絶え間なくハヤトを苛んでいる。
「ふん。あれだけ無茶をしておいて、よく平気な顔で酒場に出てこられたものね」
少し離れた席から、セレスティアの冷ややかな声が聞こえてきた。
「本当にね。一人で突っ込んで、勝手にボロボロになって。私たちが後ろでどれだけヒヤヒヤしてたかなんて、あの理屈バカには一生分からないわよ」
リアナも同意するように強く頷き、串焼きを乱暴に齧り付いている。
彼女たちは他の冒険者から「おめでとう!」と声をかけられれば愛想よく笑うが、ハヤトに対しては意図的に視線を合わせようとしなかった。
『ほっほっほ。どうやら、お前の構築したシステムは“人間関係”の面で致命的なエラーを吐いておるようじゃな』
視界の端に現れた『教授』が、呆れたように肩をすくめる。
ハヤトは反論できなかった。
キマイラの攻撃を一人で受け止めれば、誰も怪我をしない。効率よくメーターを100%にできれば、確実にボスを倒せる。論理と計算の上では、それが絶対に正しい「最適解」のはずだった。
なのに、結果として残ったのは、ボロボロになった自分の体と、修復不可能なほどに断線してしまったパーティの絆だけだった。
「……計算が、合わない。俺は、皆を安全に守りたかっただけなのに」
グラスの水を一口飲み、ハヤトが自嘲気味に呟いたその時。
ドスッ、と目の前の席に大きなジョッキが置かれた。
「頭のいいお前が、随分と簡単な計算を間違えたもんだな」
ガルドだった。
彼はハヤトの向かいにドカッと腰を下ろし、エールを一気に飲み干して息を吐いた。
「ガルドさん……。俺は、間違っていたんでしょうか。被害を最小限に抑えて、最大の火力を出す。そのために自分の体をリソースとして使うのは、戦術として間違って……」
「大間違いだ」
ガルドは即座に切り捨てた。その目は、迷宮で魔物と対峙する時と同じくらい真剣だった。
「いいかハヤト。お前の言う『効率』ってのは、機械や道具の扱い方だ。だがな、パーティってのは機械の歯車じゃない。心を持った人間の集まりだ」
ガルドは、カウンターの奥で寂しそうにこちらを見ているミナたちの方へ顎をしゃくった。
「お前は皆を『守った』つもりだろう。だが、あいつらからすれば『お前たちは不要だ』と突き放されたのと同じだ。仲間が傷つくのを、ただ後ろで見ているしかできない。……それがどれだけ惨めで、胸を抉られるような苦痛か、お前には分かるか?」
「…………っ」
「一人で痛みを背負い込んで、勝手にボロボロになって笑ってる。そんなのはな、盾役でも何でもねえ。ただの独りよがりな『自己満足』だ。
盾ってのは、味方が安心して戦えるように自分の命を張る仕事だ。味方に心配と絶望を背負わせる盾なんて、ただの鉄屑と同じだぜ」
ガルドの言葉は、ハヤトの胸の奥底にある傲慢さを正確に、そして容赦なく貫いた。
自分が組み上げた『完璧な回路』は、ただの独裁だった。
安全な後方に追いやられた少女たちが、どれほどの疎外感と無力感を感じていたか。電気の抵抗やジュール熱ばかりを気にして、一番大切な「仲間の心の痛み」というノイズを、ハヤトは完全に無視していたのだ。
「……俺は……とんでもない思い上がりをしていました……」
ハヤトは深く頭を垂れ、包帯の巻かれた左手を強く握りしめた。激痛が走ったが、それ以上に胸の奥がひどく痛んだ。
「分かったなら、傷が治り次第、あいつらにちゃんと頭を下げろ。言葉で伝えないと、切れた回路ってやつは繋がらねえぞ」
「はい……。必ず、謝ります。もう一度、皆と……」
ハヤトがそう誓い、ガルドが「それでいい」とニッと笑いかけた、まさにその直後だった。
――ピリッ。
ハヤトの全身の産毛が、一斉に逆立った。
酒場の喧騒、冒険者たちの笑い声、グラスがぶつかる音。それらが遠くへ遠ざかっていくような、異様な感覚。
《荷電感知》が、悲鳴を上げていた。
『マスター!! こ、これは……!!』
視界のウィンドウの中で、教授がかつてないほど血相を変えて立ち上がる。
ハヤトは思わず席を立ち、酒場の窓から外を見た。
平和な夜を迎えていたはずの王都。
その上空を覆う雲が、不自然なほど真っ黒に染まり、異常なほどの「マイナス電荷」を帯びて渦を巻いていた。
それはストーム・キマイラなど足元にも及ばない、天変地異そのもののような圧倒的なプレッシャー。
「ガルド、さん……。なんだ、これ……空気が、重くて……息が……」
窓際にいた冒険者の一人が、首を押さえて床に倒れ込んだ。
それだけではない。酒場の中にいたBランク以下の冒険者たちが、次々と泡を吹いて気絶していく。ただその場に「存在している魔力」の余波だけで、人間の精神を直接破壊するほどの規格外の気配。
「ハヤト、伏せろッ!!」
ガルドが叫び、大盾を構えてハヤトの前に飛び出した。
ドォォォォォォォォンッ!!!
次の瞬間、酒場の頑丈な石壁が、巨大な鉄球で殴られたかのように内側へと吹き飛んだ。
粉塵が舞い散る中、崩れた壁の向こう側の暗闇から、「それ」はゆっくりと姿を現した。
「……ほう。この程度の魔力圧で気を失わぬ者がいるとは。Bランクというのは、少しは骨があるようだな」
深い漆黒のローブを纏い、背中に蝙蝠のような巨大な翼を生やした、人型の怪人。
しかし、その男から放たれる魔力は、ハヤトがこれまで遭遇したどんな魔物とも次元が違っていた。
空間そのものが男の魔力に耐えきれず、ミシミシと歪む音を立てている。
「あ、悪魔……! 魔王軍の幹部クラスの悪魔が、なぜこんな王都の中枢に……!?」
セレスティアが顔面を蒼白にして後ずさる。
Aランクの冒険者が数人がかりでようやく抑え込めるかどうかの、絶望的な災厄。
それが今、一切の前触れもなく、ハヤトたちの目の前に顕現していた。




