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視線の誘導と、乙女たちの不満

王都の冒険者ギルドが管理する、広大な屋外訓練場。

雲一つない青空の下、重々しい木の剣が空気を裂く音と、それが分厚い金属に叩きつけられる鈍い轟音が何度も響き渡っていた。


「まだまだァッ! 足腰がなまってるぞ、ハヤト!」


歴戦の戦士であるガルドが、丸太のような太い腕から繰り出す渾身の一撃。

それを正面から受け止めたハヤトは、左腕に構えた巨大な黒い大盾ごと、土煙を上げて数メートルも後方へと引きずられた。


「くっ……! 重い……!」


ハヤトは歯を食いしばり、必死に踏ん張って体勢を立て直した。

左腕に装着された大盾は、古代の遺跡から持ち帰ったあの円筒形の巨大な蓄電器を裏側に組み込んでいるため、信じられないほどの重量がある。静電気で自身の筋肉を補助する配線をフル稼働させて、ようやく持ち上げられる代物だ。


「盾ってのはただの壁じゃねえんだ! その後ろに隠れて縮こまってるだけなら、岩の陰に隠れてるのと変わらねえ! 敵の攻撃の威力を殺し、いなして、味方が反撃するための隙を作るのが盾役の仕事だ!」


ガルドの容赦ない檄が飛ぶ。

ハヤトは息を荒くしながら、自分の立ち位置と姿勢を見直した。

まともに衝撃を受け止めれば、いくら筋肉を補助しても質量と運動量の差で押し潰されてしまう。


その時、ハヤトの網膜上に展開された青いウィンドウの中で、白衣を着た『教授』が静かに口を開いた。


『マスターよ。純粋な筋力のみで圧倒的な質量に立ち向かおうとするのは愚策じゃ。この世界を支配する絶対の法則を思い出すのじゃ。力とは常に「向き」と「大きさ」を持つ。正面から受け止めるのではなく、その流れを逸らすことに集中せよ』


これまでのように「別の世界の教科書」を引き合いに出すことはない。

教授の言葉は、この世界のあらゆる現象を律する、純粋で絶対的な『自然のことわり』そのものだった。

力が真っ直ぐに向かってくるなら、斜めの角度を与えて地面へと逃がす。


ハヤトは深く息を吐き出し、大盾の構えをわずかに斜めへと傾けた。

そして、体内の静電気を流す配線のルートを切り替える。ただ力任せに筋肉を固めるのではなく、ガルドの剣が盾に触れた瞬間にだけ、タイミングを合わせて腕の筋肉を「収縮」させ、攻撃の軌道を下へと受け流すための精密な制御だ。


「よし、来い!」

「ほう、構えが変わったな。……なら、これならどうだッ!」


ガルドが再び地響きを立てて突進し、先ほどよりもさらに重い一撃を放つ。

激突の瞬間。

ハヤトは盾を押し出すのではなく、剣の軌道に合わせて盾を斜め下へと滑らせた。

ガァンッ! という鋭い音と共に、ガルドの放った強大な力が盾の表面を滑り、そのままハヤトの足元の地面へと一直線に抜け落ちた。


「おっ……!?」


力が空振りに終わり、ガルドの巨体がわずかに前のめりに崩れる。


「今だッ!」


ハヤトはその隙を逃さず、盾の縁を使ってガルドの胸板を力強く押し返し、完全に体勢を崩させてみせた。


「ガハハハッ! 見事だ!」


ガルドは尻餅をつきそうになりながらも、豪快に笑って木の剣を下ろした。


「教えた通り、力の流れを上手くいなしたな。筋肉の力任せじゃなく、頭を使って盾を操る。その感覚を忘れるなよ」

「はい……! ありがとうございます、ガルドさん」


ハヤトは汗を拭い、黒い大盾を地面に下ろした。

ガルドから学ぶ「盾役としての技術」は、どれも物理法則と人体の構造を熟知した、極めて理にかなったものばかりだった。


「よし、防御の基礎はだいぶ形になってきた。次は盾役のもう一つの重要な仕事……『敵の視線を引きつける技術』についてだ。冒険者の間じゃヘイトコントロールなんて呼ばれたりもするな」

「視線を引きつける……要するに、囮になるってことですか?」

「そうだ。迷宮の魔物ってのは賢い。硬い鎧を着た盾役よりも、後ろで呪文を唱えている柔らかい魔術師や治癒士を先に狙おうとする。お前はそれを、無理やりにでも自分の方へ振り向かせなきゃならねえ」


ガルドは自分の大盾をバンバンと叩いてみせた。


「俺の場合は、こうやって大きな音を鳴らしたり、大声で怒鳴りつけたりして敵の意識を引く。だが、ハヤト。お前にはお前なりの、もっと効率的なやり方があるんじゃないか?」


ガルドの問いかけに、ハヤトは少しの間思考を巡らせた。

敵の注意を強制的に自分へ向けるための、最も強烈な刺激。

視覚と聴覚を同時に、そして圧倒的な力で支配する現象。


「……なるほど。大自然の中で、野生の獣が最も恐れ、同時に目を奪われてしまうものを使えばいいんですね」


ハヤトは黒い大盾の裏側に組み込まれた巨大な蓄電器に意識を向けた。

体内の静電気を大盾の表面に集束させ、空気を切り裂くような極端な電位差を生み出す。


「こういうことですね!」


バチチチチィィィィンッ!!!


ハヤトの構えた大盾の表面で、青白い閃光と共に、耳をつんざくような強烈な破裂音が鳴り響いた。

それは、盾の表面で意図的に引き起こされた、極小の落雷だった。


「うおおっ!? 目が……!」


あまりの眩しさと轟音に、目の前にいたガルドが思わず木の剣を取り落とし、目を覆ってのけぞった。


「ただ大声を出すよりも、雷の閃光と爆音の方が、本能的に敵の意識を強制的にこちらへ向けることができます。……これなら、どんな魔物でも絶対に俺の方を見ますよ」

「お、お前なぁ……! 味方の俺の目まで潰す気か!」


涙目になりながら抗議するガルドを見て、ハヤトは「すみません、出力調整を間違えました」と苦笑いして頭を掻いた。


一方で。

そんな男たちの熱気あふれる訓練風景を、訓練場の隅にある木陰のベンチから、冷ややかな視線で見つめている三人の少女たちがいた。


「……なーにが『こういうことですね!』よ。あんなピカピカ光るだけの黒い鉄板の後ろに隠れて、全然スマートじゃないわ」


リアナが、ミナの持ってきたバスケットからサンドイッチを一つ摘み上げ、不満げにパクりと食いついた。


「力任せに吹き飛ばされるのを防げるようになったのは評価するけれど……。やっぱり、あの野暮ったい盾は美しくないわね。アルバーン家の騎士団なら、もっと優雅に敵の攻撃を捌くものよ」


セレスティアも、優雅に紅茶の入った水筒を傾けながら、わざとらしくため息をついた。


「ハヤト君、一人で何でもできるようになっちゃいましたね……」


ミナは、自分の足元でピカピカに磨き上げられた特注のスパイク靴を見つめながら、ぽつりと寂しそうな声をこぼした。


「せっかく、ハヤト君の熱をたくさん逃がせるようにって、親方に作ってもらったのに。あの真っ黒な盾が電気を全部吸い取ってくれるから、私のこの靴の出番、もう二度とないのかもしれません……」


ミナのしゅんとした様子を見て、リアナが慌てて彼女の肩を抱き寄せた。


「だ、大丈夫だよミナ! あんな鉄の塊、すぐに容量がいっぱいになって壊れちゃうに決まってるわ! そしたらまた、泣きながら『ミナさんの足が必要です!』ってすがりついてくるから!」

「そうよ! だいたい、機械なんかに頼り切って、パーティの仲間との『繋がり』を疎かにするなんて、冒険者として失格だわ。あの鈍感な盾役には、しっかりと反省してもらわないとね」


セレスティアがツンと鼻を鳴らす。

彼女たちの内心にあるのは、決してハヤトの成長に対する嫉妬ではない。

これまでは戦闘のたびに、ミナが背中に抱きつき、リアナが正面から覆い被さり、セレスティアが横から密着することで、全員で一つの『巨大な回路』となって強敵を打ち倒してきたのだ。

その「自分たちがハヤトの力の一部になっている」という強烈な連帯感、あるいは特別な触れ合いが、あの無機質な古代の蓄電器によって完全に奪われてしまったことが、乙女たちにとっては我慢ならない不満だったのである。


「いい? 二人とも」


リアナが、サンドイッチを飲み込んで真剣な顔で言った。


「私たちからは絶対に手伝ってあげないんだからね。ハヤトが自分の口で、『やっぱり皆さんと一緒に回路を作りたいです』って言うまで、私たちは冷たく見守るの。わかった?」

「は、はいっ。私、我慢します」

「当然よ。私からあいつに触りに行くなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないわ」


乙女たちの強固な同盟が、木陰のベンチで静かに結ばれた。

そんな不穏な空気がすぐ背後で形成されていることなど露知らず、ハヤトは今日もガルドの強烈なシールドバッシュを浴びながら、一人で完結する最強の盾役を目指して、土まみれになって訓練を続けるのだった。



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