蓄電装甲(キャパシタ・シールド)と、開いたままの回路
極寒の大氷原から王都への帰路は、行きに比べてひどく静かなものだった。
吹雪を乗り越え、魔物の群れを物理法則で退けたというのに、馬車の中には妙な緊張感が漂っていた。
原因は明白である。
ハヤトが古代の誘電体を手に入れ、「これからは俺一人でアースが完結できる」と宣言して以来、ミナ、リアナ、セレスティアの三人が、分かりやすくハヤトに対してよそよそしくなっていたからだ。
ハヤトとしては、ミナに火傷のリスクを負わせるという長年の課題を、完璧なシステム設計で解決したつもりだった。だからこそ、なぜ彼女たちが不満げに窓の外ばかり見ているのか、その『エラー原因』が全く理解できずに首を傾げ続けていた。
◇
王都に帰還した翌日。
ハヤトはガルドと共に、馴染みのドワーフの武具工房を訪れていた。
「……なるほどな。この古代遺跡で拾ってきた鉄の塊を、新しく打つ大盾の裏側にガッチリと埋め込む。そして、盾の表面で受け止めた電気や魔法の余剰エネルギーを、こいつの中に『充電』として吸い込ませるってわけか」
分厚い図面を広げた親方が、ハヤトの持ち込んだ円筒形の誘電体を撫でながら唸った。
「はい。コンデンサっていうのは、電気を溜める『巨大な空箱』みたいなものです。俺が限界を超える静電気を放つ時、今まではミナさんの足を通じて地面に捨てて(アースして)いましたが、これからはその余った電気をすべて、盾の中のコンデンサに一時的に逃がします」
ハヤトの視界の端で、教授が『コンデンサの充電』を示す基本公式を展開する。
『うむ! コンデンサに蓄えられる電荷 Q は、静電容量 C と電圧 V の積で表される!』
Q=CV
『この古代の誘電体の容量 C は、現代の常識では計り知れんほどデカい。マスターの放つ大電流の余剰分など、余裕で飲み込んでくれるじゃろう。まさに持ち運び可能な、究極のバッファ(緩衝器)じゃ!』
「それに、溜め込んだエネルギーはただ捨てるだけじゃありません。いざという時は、盾のコンデンサから電気を引き出して、俺の生体バッテリーを再充電することもできます。防御、アース、そして予備電源。三つの要求を一つの装備で満たせるんです」
ハヤトの論理的で隙のない説明に、親方は「相変わらず恐ろしい頭脳をしてやがる」と豪快に笑った。
「ドワーフの血が騒ぐぜ。盾の表面は電気を通しやすい最高の導電合金で打ち、裏の持ち手部分は絶対に感電しねえように分厚い絶縁体のゴムと革で何重にも覆ってやる。……だが坊主、コンデンサを埋め込んだ大盾なんて、普通の盾の倍は重くなるぞ? お前さんの細腕で扱えるのか?」
親方の懸念に、ハヤトは自身の腕を軽く叩いてみせた。
「静電気で筋肉に直接信号を送る『配線装甲』の出力を上げれば、重さは相殺できます。問題ありません」
「よし、なら三日待ちな。お前さん専用の、雷を喰らう『蓄電装甲』を打ってやる!」
◇
三日後。
冒険者ギルドの訓練場に、重厚な金属音が響き渡った。
「おもっ……! これは確かに、気合を入れないと腕が持っていかれますね……」
完成した漆黒の『蓄電大盾』を左腕に構え、ハヤトは思わず顔をしかめた。
身長の半分ほどもある巨大なカイトシールド。その裏側の中央部には、古代のコンデンサがガッチリと金属のフレームでマウントされており、そこから伸びる太い銅線が、ハヤトの着る配線装甲へと直接繋がっている。
「ガハハ! 装備の理屈は完璧でも、お前自身の体がそれに追いついてねえ証拠だな!」
訓練場の向かい側で、木製の大盾を構えたガルドがニヤリと笑った。
「いいかハヤト。大盾ってのは、ただ敵の攻撃の前に突っ立ってりゃいいってモンじゃねえ。敵の視線を引きつけ、攻撃の威力をいなして受け流し、味方が動くための『絶対的な安全地帯』を作るのが俺たちの仕事だ」
「安全地帯を作る……。システムを守るための、物理的なファイアウォールですね」
「訳の分からん言葉を使わねえで、体で覚えろ! これからの五日間、俺がみっちりと『盾役の基礎』を叩き込んでやる! いくぞッ!」
ガルドが地響きを立てて突進してくる。
ハヤトは慌てて蓄電大盾を構え、筋肉アシストの出力を上げて激突に備えた。
ガァァァァンッ!!
「ぐっ……!?」
盾の重さとガルドの突進の衝撃が殺しきれず、ハヤトは数メートルも後ろへズルズルと後退させられてしまった。
「甘い! 重心が高い! 盾の重さに振り回されてどうする! もっと腰を落として、地面に根を張るように構えろ!」
「は、はいッ!」
最強の物理タンクであるガルドによる、熱血指導の始まりだった。
ハヤトは工学的な理屈だけでなく、泥臭い肉体の動かし方や、戦場のヘイト管理といった「冒険者の経験則」を、傷だらけになりながらスポンジのように吸収していく。
その頃。
訓練場の端にある見学席のベンチでは、ミナ、リアナ、セレスティアの三人が、ハヤトの特訓風景を複雑な表情で眺めていた。
「……あんなに重そうな盾、一生懸命構えちゃって。そんなに一人で戦いたいのかしら」
リアナが、ツンとした声で呟きながら持っていた水筒を揺らした。
「ハヤト君、すごく生き生きしてますね……。今まで、私の足の裏の火傷をずっと気にしてくれていたから。これで自由に全力を出せるんだって、喜んでるのが分かります……」
ミナが少し寂しそうに膝を抱える。
論理的に考えれば、ミナの安全が確保された素晴らしい進歩だ。彼女自身も、ハヤトが自爆の恐怖から解放されたことは嬉しいはずだった。
しかし、そのための解決策が「ミナとの密着を無くすこと」だったというのが、彼女の乙女心に深い影を落としていた。
「まったく、あのバカ。本当に効率と理屈しか頭にないのね。ピンチの時に、私たちと『並列回路』を組んでアースした時のこと……あんなに密着したのに、ただの『導体』としか思ってなかったってわけ?」
セレスティアが腕を組み、不満げに唇を尖らせた。
「あの時、ハヤトの顔、すっごく赤かったのにね。心臓の音だってドクドク聞こえたし」
「そ、そうですかリアナさん!? 私、背中側だったから見えなくて……!」
「うん。絶対ただの導体としてなんか見てなかったわよ。それなのに、王都に帰ってきた途端に『これで皆さんに触れずに済みます!』だなんて、無神経にも程があるわ」
三人で顔を見合わせ、同時にはぁ、と大きなため息をつく。
魔法や物理のシステム構築においては天才的な頭脳を持つハヤトだが、人間の感情という「数値化できない変数」の扱いについては、救いようのない素人だった。
「……まあいいわ。あいつがその『一人で完結する盾』とやらで、どれだけ上手く立ち回れるのか、せいぜい見せてもらおうじゃない」
「そうですね。もし少しでもピンチになったら……また私が、無理やりアースしに行っちゃいますから」
「ミナ、それいい! ハヤトが『やっぱり君たちの回路が必要です!』って泣きついてくるまで、私たちは絶対に手伝ってあげないんだから!」
訓練場でガルドのシールドバッシュを受け、派手に尻餅をついているハヤトを眺めながら。
三人の少女たちは、それぞれの胸の中に渦巻く静かな不満を共有しつつ、ハヤトのタンク修行の行方を見守るのだった。




