古代の誘電体と、静電容量(キャパシタンス)
巨大な弾み車がその莫大な運動エネルギーを完全に放出しきり、縦穴の空間に完全な静寂が戻った。
暴風が止み、冷え切った空気が澱む中、銀色の台座がかすかな駆動音と共に床下からせり上がってくる。
「……これが、古代のエンジニアたちがこの大氷原の奥深くに隠した、究極の宝……」
セレスティアがごくりと息を呑み、ゆっくりと台座に近づいた。
ハヤト、ガルド、リアナ、ミナの四人も、警戒を解かずに彼女の背後に続く。
台座の上には、黒光りする重厚な「円筒形の物体」が鎮座していた。
高さは数十センチほど。表面には、金属の板と、ガラスのような未知の透明な素材が、バームクーヘンのように何千、何万層にも薄く折り重なっているのが見える。
魔力の発光もなければ、神秘的な装飾もない。ただの無骨な機械部品のように見えた。
「なんだ、こりゃ? 宝って言うからすげえ宝石か魔法の杖でも出てくるかと思ったが……ただの鉄の塊じゃないか」
ガルドが拍子抜けしたように頭を掻く。
セレスティアも不思議そうに杖を近づけ、「魔力も全く感じないわね。本当にこれが古代の遺産なの?」と首を傾げた。
だが、ハヤトの《荷電感知》の視界は、先ほどからけたたましい警告音と共に、その円筒から漏れ出す「とてつもない密度の電気エネルギー」を捉え続けていた。
「……触らないでください。それはただの鉄の塊じゃない。あの巨大なフライホイールが回っていた何百年分もの運動エネルギーを、一切漏らさずに溜め込んでいる『化け物』です」
ハヤトの言葉に、仲間たちがビクッと手を引っ込めた。
同時に、ハヤトの網膜上に青いウィンドウが開き、白衣を着た『教授』がニヤリと笑いながら図解を展開した。
『ほっほっほ! その通りじゃマスター。あれは、電気を蓄えるための究極の部品……超高密度の“誘電体”を用いた巨大な“コンデンサ(蓄電器)”じゃ!』
教授がコンデンサの静電容量 C を求める基本公式を空中に浮かび上がらせる。
C=ε
d
S
『コンデンサの容量は、極板の面積 S に比例し、極板間の距離 d に反比例する。そして何より重要なのが、極板の間に挟まれた絶縁体の性質……“誘電率 ε” じゃ。古代のエンジニアたちは、現代ではあり得ないほど高い誘電率を持つ未知の素材を作り出し、それをナノレベルの薄さで何万層も重ねることで、この小さな円筒の中に街一つを吹き飛ばすほどのエネルギーを圧縮しておる!』
(……なるほど。魔法のクリスタルじゃなくて、物理的なバッテリーの親玉ってわけか)
ハヤトはゴクリと喉を鳴らした。
魔法使いの魔力は、術者の体内という曖昧な器に依存している。しかし、これは明確な物理法則に基づいた『確実なエネルギーの貯蔵庫』だ。
「ハヤト君、その『コンデンサ』っていうのは、何に使えるんですか?」
ミナが恐る恐るハヤトの背中から顔を覗かせて尋ねた。
ハヤトは円筒を見つめたまま、自分の今後の『要求仕様』と『機能分解』を脳内で猛烈な勢いで組み上げ始めた。
「……ミナさん。俺が今まで大魔法に匹敵する雷を撃つ時、必ずミナさんに『アース(接地)』をお願いして、余分な電流を地面に逃がしてもらっていましたよね」
「はい。私が大地としっかり繋がらないと、ハヤト君の体に電流が逆流して火傷しちゃいますから」
「でも、もしこの『コンデンサ』があれば……」
ハヤトはガルドの方を振り向いた。
「ガルドさん。ガルドさんのような大型の『盾』の裏側に、このコンデンサを組み込んだらどうなると思いますか?」
「俺の盾に? そりゃあ、すげえ重くなるだろうが……どんな攻撃でも防げそうではあるな」
「ただ防ぐだけじゃありません。俺が限界突破の大電流を放つ時、行き場を失った余分な電流を、地面に捨てる代わりに、盾の中のコンデンサに『充電』として吸い込ませるんです」
ハヤトの言葉に、ガルドとリアナが目を丸くした。
「コンデンサの内部は巨大な空っぽのタンクのようなものです。一瞬で膨大な電流を流し込んでも、余裕で全部飲み込んでくれる。つまり……」
ハヤトは再びミナの方を向き、少し誇らしげに言った。
「このコンデンサを組み込んだ『ハヤト専用の大型盾』を作れば、それがそのまま持ち運び可能な『アース』兼『予備バッテリー』になります。……もう、戦闘のたびにミナさんに密着して、地面に電気を逃がしてもらう必要はなくなるんです!」
ハヤトとしては、ミナに火傷のリスクを負わせずに済む、完璧なシステム設計(安全対策)を提示したつもりだった。
これで心置きなく大出力が撃てる。ミナも喜んでくれるはずだ、と。
しかし。
「…………え?」
ミナの顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「ミナさんがアースをしなくてよくなる……? ハヤト君の背中に抱きついて、一緒に戦わなくても、ハヤト君一人で全部できるようになるって……ことですか?」
「ええ! これからは俺一人で大電流の制御から 방어(防御)まで完結できる『アタッカー兼タンク』として動けます。ミナさんは安全な後方で回復に専念できますよ!」
ハヤトが無邪気に親指を立てる。
だが、その場の空気は急激に冷え込んでいた。極寒の遺跡の気温のせいではない。
「……ふぅん。そうなんだ」
リアナが、なぜか氷のように冷たい声で呟き、腕を組んだ。
「これからは、私の体に電気を流して『並列回路』にしなくてもよくなるってわけね。私たちに触らなくても、その鉄の塊が全部受け止めてくれるんだ。へぇー」
「えっ、いや、リアナさん? なんでちょっと怒って……」
「別にぃ? 効率的で素晴らしいんじゃない? ハヤトらしい、理屈っぽくて完璧な『要求仕様』だこと」
セレスティアもツンとそっぽを向き、杖で床をコツコツと叩き始めた。
「そうね。緊急事態とはいえ、汗だくでハヤトに密着するなんて貴族の私には相応しくなかったし。その野暮ったい盾の裏側にでも一生抱きついていればいいんじゃないかしら」
「セ、セレスティア様まで!?」
三人の少女たちから一斉に放たれる、見えない非難のプレッシャー。
論理と物理法則においては完璧な設計を構築したはずのハヤトだったが、少女たちの『感情』という、数式では到底測れないブラックボックスの前に、完全に戸惑っていた。
「おいおいハヤト……お前、機械の扱いは天才的だが、女心は完全にショートしてるな」
ガルドが呆れたようにため息をつき、ハヤトの肩をポンと叩く。
「ま、何はともあれ、そのすげえバッテリーを持ち帰って、お前の新しい『盾』を打つんだろ? お前がタンクになるってんなら、俺が盾の基本からみっちり叩き込んでやるよ」
「ガルドさん……はい、よろしくお願いします!」
女性陣の冷ややかな視線を背中に浴びながら、ハヤトは古代の誘電体を慎重に梱包した。
物理的なアースからの卒業。それはハヤトが真の『理系タンク』として自立するための大きな一歩であると同時に、パーティ内の複雑な人間関係の始まりでもあった。




