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巨大な弾み車(フライホイール)と、レンツの法則

クリスタルガーディアンが砕け散った後の静寂の中、ハヤトたちはドーム状の空間のさらに奥へと続く、最後の扉を押し開けた。




「……なんだここは。風が……ものすごい風が吹いてきやがる!」




ガルドが顔の前で腕を交差し、目を細めながら叫んだ。

そこは、ドーム空間よりもさらに巨大な、円筒形の縦穴だった。

そしてその空間の中央では、直径が十メートルはあろうかという巨大な銀色の円柱が、凄まじい轟音を立てながら「高速回転」していたのだ。

コマのように回り続ける巨大な金属柱が周囲の空気を巻き込み、部屋全体に台風のような暴風を巻き起こしている。




「ハヤト君、吹き飛ばされそうです……っ!」




ミナがハヤトの腰に必死にしがみつく。ハヤトは踏ん張りながら、目を細めてその巨大な回転体を見据えた。




「あれは……遺跡の『心臓部』だ。あの巨大な金属の柱をコマのように回し続けることで、運動エネルギーを蓄えているんだ。巨大な『弾みフライホイール』ですよ!」




「はずみぐるま? 運動エネルギーって……とにかく、あれがこの遺跡の動力源なのね!」




暴風の中で、セレスティアが杖を構えた。




「なら、私の炎で焼き切って、回転を止めるわ! 《炎の……」




「駄目です、セレスティア様! 絶対に魔法を撃たないで!」




ハヤトの鋭い制止の声が、暴風の音を切り裂いた。




「あれだけの質量を持った金属が超高速で回転しているんです。もし外側から物理的な攻撃や魔法で傷をつければ、バランスが崩れて、強烈な遠心力で柱そのものが大爆発を起こします! 破片が飛んできたら、俺たち全員ミンチになりますよ!」




「ええっ!? じゃ、じゃあどうすればいいのよ! このままじゃ先に進めないわ!」




セレスティアが顔面を蒼白にして杖を下ろす。

ハヤトも冷や汗を流していた。

あんなものに鎖を巻きつければ、一瞬で巻き込まれて腕ごと千切られてしまう。物理的な接触は絶対に不可能だ。




その時、ハヤトの視界の端に、青いARウィンドウがふわりと展開した。

白衣を着た初老の姿──システム『教授』が、呆れたようにため息をついている。




『ほっほっほ。力任せに止めようなどと考えてはいかんぞ、マスター。あのような莫大な運動エネルギーを物理的な摩擦で止めようとすれば、熱で溶けるか爆散するかの二択じゃ』




(教授! じゃあ、どうやってあれを止めるんだ。接触せずに回転を止める方法なんて……)




ハヤトの問いかけに対し、教授は得意げに口髭を撫で、空中に高校物理の『電磁気学』の図解を浮かび上がらせた。




『まったく、基本を忘れてはおらんか? 金属が動いている空間に“磁界”を与えれば、何が起きる? ……“レンツの法則”じゃ! 自然界は、常に変化を嫌う。磁界の変化を打ち消す方向に、金属の内部には勝手に電流が流れるのじゃよ』




教授が展開した図解の中で、「動く金属板」に「磁石」を近づけると、金属の中に渦を巻くような電流が発生し、それがブレーキとなって金属板がピタリと止まる様子が描かれていた。




(……渦電流うずでんりゅうブレーキか!)




『いかにも! 物理的な接触(摩擦)に頼らずとも、見えない磁力線を押し付けてやれば、あの大質量の回転体は自ら発生させた渦電流の反発力によって、安全かつスムーズに停止する。……理系たるもの、スマートに解決せねばいかん!』




ハヤトの脳裏に、明確な『手順』が組み上がった。




「ガルドさん! 大盾を貸してください!」




「あ、ああ! 構わねえが、どうする気だ!?」




ガルドから重厚な鋼鉄の大盾を受け取ると、ハヤトは自分のガントレットから引き出した長い銅線を、盾の周囲に何十重にもグルグルと巻き付け始めた。

ただの鋼鉄の盾と、銅の巻き線。これで、即席の巨大な『電磁石コイル』の完成である。




「リアナさん、ガルドさん! この盾を二人で持って、あの高速回転している柱の『ギリギリまで』近づけてください! 絶対に触れちゃ駄目です、数センチの隙間を空けて構えるだけでいい!」




「触らずに近づけるだけ? 分かったわ!」




「おうッ! 任せろ!」




リアナとガルドが暴風に逆らいながら、銅線を巻き付けた大盾を掲げ、巨大な回転柱の目前へと肉薄する。

ブォォォォォォォッ!!

回転による凄まじい風圧が二人を吹き飛ばそうとするが、ガルドの怪力とリアナの体幹がそれをギリギリで耐え凌ぐ。




「ハヤト君、私も準備できています!」




背後では、ミナがすでに床の金属の継ぎ目にスパイクを打ち込み、完璧なアース(接地)を確保してハヤトの背中に密着していた。

先ほどの並列回路の時のようなハプニングはない。今回はハヤトの生体バッテリーの出力をすべて、盾に巻いた「コイル」に注ぎ込むだけだ。




「よし……。磁界展開オンッ!」




ハヤトが体内の静電気を最大出力で絞り出し、盾に巻き付けた銅線へと大電流を流し込んだ。

大電流がコイルを駆け巡ることで、ガルドの鋼鉄の盾は、強力な磁界を放つ『超強力な電磁石』へと変貌した。




目に見えない強烈な磁力線が、高速回転する銀色の柱を貫く。

その瞬間だった。




『見よ! 磁界を横切る金属柱の内部に、変化を妨げるための“渦電流”が発生したぞ!』




教授が歓喜の声を上げる。

回転する柱の表面(銀色の金属)が、突如として現れたハヤトの磁界を「嫌がり」、磁界を押し返すための磁力を自ら発生させたのだ。

それは、凄まじい力を持った「見えないブレーキ」だった。




ギュゥゥゥゥゥゥゥン……ッ!




物理的な接触は一切ない。火花一つ散っていない。

しかし、巨大な金属柱の回転速度が、まるで目に見えない巨人に力ずくで押さえ込まれたかのように、目に見えて急激に落ち始めたのだ。




「な、なんだこれ!? 盾が柱に引っ張られてるみたいに重いぞ!」




「耐えて、ガルド! 柱の回転が……遅くなってる!」




ガルドとリアナが歯を食いしばって盾を維持する。

渦電流ブレーキの最大の利点は、回転が速ければ速いほど強いブレーキがかかり、回転が遅くなるにつれてブレーキの力も滑らかに弱まっていくことだ。そのため、急ブレーキによる物理的な破壊(爆発)を絶対に引き起こさない。




ギュルルル……ルル……ル……。




数分前まで暴風を巻き起こしていた巨大なフライホイールは、その莫大な運動エネルギーを「渦電流による熱」として安全に空中に放出しきり……やがて、完全にその動きを止めた。

暴風が止み、縦穴の空間に、本来の静寂が戻ってくる。




「……止まった。あんな巨大な質量が、一瞬で」




セレスティアが、信じられないという顔で静止した金属柱を見上げた。

魔法の力で破壊したわけではない。ただ、電磁気学という物理の「法則」を押し付けただけで、古代の遺物は素直にその動きを止めたのだ。




「お疲れ様です、ガルドさん、リアナさん。もう離れて大丈夫ですよ」




ハヤトが電流を止めると、盾の磁力はスッと消え失せた。




「いやぁ、冷や汗かいたぜ。本当に触れずに止まっちまうとはな。ハヤト、お前の頭の中にある理屈は、本当に魔法よりも恐ろしいぜ」




ガルドが肩で息をしながら、豪快に笑う。

巨大な柱が停止したことで、柱の奥に隠されていた銀色の台座が、淡い光を放ちながらゆっくりとせり上がってきた。

そこには、今回の遠征の最大の目的である、王国の歴史を塗り替えるほどの真の『古代の遺産』が眠っているはずだった。




『ほっほっほ。見事なシステム制御じゃったぞ、マスター。物理法則を前にすれば、いかなる暴走も従順な羊となる。……さあ、見に行こうではないか。古代のエンジニアたちが残した、究極の宝をな!』




教授の言葉に背中を押されるように、ハヤトたちエレキ・ストライドとセレスティアは、静まり返った台座へとゆっくりと歩みを進めるのだった。


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