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クリスタルガーディアンと、絶縁破壊(ブレークダウン)

隔壁の奥に広がっていたのは、広大なドーム状の空間だった。

床も壁も鈍い銀色で統一されているが、その中央に鎮座している「それ」だけは異質だった。




「あれは……水晶クリスタルでできているのか?」




大盾を油断なく構えたまま、ガルドが低く唸るように言った。

彼らを見下ろすように立っていたのは、全身が透明な結晶体で構成された、全長十メートルを超える巨大な人型の彫像だった。内部に歯車や魔力炉のようなものは見当たらないが、結晶の奥底が心臓の鼓動のように妖しく明滅している。




侵入者を感知したのか、巨大な水晶の像──『クリスタルガーディアン』が、重々しい足音と共にゆっくりと動き始めた。




「みんな、下がって! 私が一撃で砕くわ!」




セレスティアが前に進み出ながら叫んだ。彼女は杖を振りかざし、純度の高い炎の槍を何本も空中に展開する。




「貫きなさい! 《炎槍連撃》!」




高位魔術師の放った灼熱の槍が、真っ直ぐにガーディアンの胸元へ突き進む。

しかし、槍が水晶の表面に激突した瞬間。




「なっ……!?」




セレスティアが驚愕の声を上げた。

炎の槍は水晶を溶かすことも砕くこともなく、鏡に当たった光のように「乱反射」し、四方八方へと散らばってしまったのだ。弾き返された炎の一つが、セレスティアたちのすぐ横の壁を焦がす。




「危ねえッ! 魔法がそのまま跳ね返ってきやがる!」




ガルドが慌てて大盾で炎の余波を防いだ。




「魔法が通じないなら、物理で叩き割るまでだよ!」




リアナが俊敏な動きで床を蹴り、空中に跳び上がった。彼女の双刃がガーディアンの腕の関節を狙って振り下ろされる。

カキィィンッ! という甲高い音が響いた。

だが、リアナの表情が苦痛に歪む。




「くっ……硬すぎる! 刃が全く立たない!」




リアナは反動で弾き飛ばされ、空中で体勢を立て直して床に着地した。

魔法を反射する光学的な性質と、鋼鉄を凌ぐ物理的な硬度。攻守において隙のない古代の守護者を前に、パーティの足が止まる。




その時、ハヤトは冷静に敵の構造を観察していた。

彼の視界の端に、青いARウィンドウがふわりと展開される。そこに現れたのは、白衣を着た初老の男の姿──ハヤトの網膜にのみ投影されているシステム『教授』だった。




『ほっほっほ。厄介な門番じゃな、マスター。あれは不純物のない完璧な水晶……すなわち、電気を一切通さない“完全なる絶縁体”じゃ』




教授の声は、当然ながら他の誰の耳にも届かない。ガルドたちからは、ハヤトが虚空をじっと見つめているようにしか見えなかった。




(……絶縁体。電気を通さないなら、俺の静電気も無効化されるってことか?)




ハヤトが心の中で問いかけると、視界のなかの教授はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。




『物理法則を忘れたか? この世に“絶対の絶縁体”など存在せぬ。物質が電気を通さないのは、内部の電子が原子に強く縛り付けられているからに過ぎん。ならば、その縛りを力ずくで引き剥がすほどの“極端な電位差(電圧)”を与えてやればどうなるか』




ウィンドウに、高校物理の電磁気学の図解が表示される。




『空気もまた優れた絶縁体じゃが、雷は空気を切り裂いて落ちるじゃろう。限界を超えた電圧が絶縁体にかかった時、内部の構造が破壊されて無理やり電気が流れる。これぞ“絶縁破壊ブレークダウン”、そして“静電気放電(ESD)”の原理じゃ!』




(……なるほど。相手の絶縁限界を上回る電圧をかければ、水晶の内部に無理やり電気が走り、その際のプラズマ膨張で内側から砕け散るってことだな)




ハヤトは明確な解を導き出すと、視線を現実の敵へと戻した。

彼はパーティの面々に向かって、力強い声で宣言した。




「みんな、落ち着いて! これより、ガーディアン討伐のための『要求』と『手順』を整理します!」




「要求と手順……? ハヤト、お前また訳の分からないことを!」




ガルドが戸惑いながら叫んだ。




「いいから聞いてください! 俺たちの目的は、あの水晶の像の完全破壊です。そのための機能分解として、あいつの身体の『両端』に電極を作り、限界を超える電圧をかけます!」




ハヤトはガントレットから二本の太い銅線を鎖分銅に巻き付け、リアナに向かって放り投げた。




「リアナさん! その鎖をガーディアンの背中側に回り込んで、足首にしっかりと巻き付けてください!」




「分かった、足首に巻くね!」




リアナはハヤトの指示に疑問を挟むことなく、風のような速度で敵の死角へと回り込み、巨大な水晶の足首に鎖を何重にも縛り付けた。




「ミナさん! リアナさんが巻いた鎖のもう一方の端を受け取って、地面にアース(GND)を取ってください! 絶対に床から離さないで!」




「はいっ! 大地の通り道を作ります!」




ミナが鎖の端をしっかりと握りしめ、靴底のスパイクを銀色の床の継ぎ目に突き立てる。

これで、ガーディアンの背後(足元)は、完全な「マイナス極(接地)」となった。




「セレスティア様、ガルドさん! あいつの注意を正面に引きつけてください!」




「任せなさい!」




「おうよッ!」




セレスティアが囮の炎を放ち、ガルドが大盾を打ち鳴らしてガーディアンの視線を釘付けにする。

その隙に、ハヤトは正面から敵に肉薄し、自身の右腕のガントレットに直結したもう一本の鎖を、ガーディアンの胸元へと思い切り突き立てた。

物理的な傷はつかない。だが、金属の鎖が水晶の表面に触れているだけで十分だった。




「これで、あいつの身体は巨大なコンデンサの誘電体(絶縁体)と同じだ……!」




正面の胸元に、ハヤト(プラス極)。

背後の足元に、ミナと繋がった鎖(マイナス極)。

クリスタルガーディアンは、二つの極に挟まれた状態になった。




「ハヤト君、準備完了です!」




ミナの叫びを聞き届けたハヤトは、深く息を吸い込み、体内の生体バッテリーを限界のその先まで引き上げた。




絶縁破壊ブレークダウン……ッ!!」




ハヤトの右腕から、かつてないほど絶大な静電気が放出される。

その強烈な電圧は、数万、数十万ボルトという規格外の電位差となって、ガーディアンの胸元から足元に向かって襲いかかった。

最初は何も起きない。水晶は優れた絶縁体として、電気をせき止めようとする。




しかし、電圧が水晶の耐えうる『絶縁耐圧』の限界を突破した瞬間。




バァァァァンッッ!!!




閃光。

ガーディアンの透明な身体の内部を、木の枝のように複雑に分岐した「青白い雷の道」が駆け抜けた。

電気を一切通さないはずの水晶の内部の原子結合が強引に引き剥がされ、電気が無理やり通り抜けることで、内部に超高温のプラズマの道が形成されたのだ。




「ギィ……ギィィィ……ッ!?」




無機質な守護者が、初めて苦痛のような軋み音を上げた。

内部で発生したプラズマの急激な熱膨張に、硬質な水晶のボディが耐えられるはずもない。




ピシッ、ピキキキキキィッ!




魔法を弾き、剣を折るほどの硬度を誇った水晶の全身に、無数の亀裂が走る。

そして次の瞬間、内側から弾け飛ぶような凄まじい爆音と共に、クリスタルガーディアンの巨体は数え切れないほどの細かな破片となって、ドーム状の空間に散華した。




ザザァァァ……ッ。




美しいガラスの雨が降り注ぐ中、ハヤトは静かに鎖を巻き取った。

ガルドが信じられないという顔で、キラキラと輝く床の破片を踏みしめる。




「……おいおい、魔法も剣も効かなかった化け物が、ただ電撃を流し込んだだけで内側から砕けちまったぞ」




ガルドの呟きに、ハヤトは首を振って答えた。




「ただの電撃じゃありませんよ。あいつが電気を通さない『絶縁体』だったからこそ、限界を超えた電圧をかけた時に、内部で一気に崩壊(静電気放電)を起こしたんです。相手の性質を逆に利用したんですよ」




ハヤトの合理的な説明に、セレスティアは呆れたように小さくため息をついた。




「要求と手順を整理するなんて言い出した時は何事かと思ったけれど……。本当に、あなたの頭の中の理屈は、どんな魔術書よりも非常識で頼りになるわね」




セレスティアの言葉に、リアナとミナも深く頷く。

最弱の静電気使いの少年は、その論理的なシステム思考と高校物理の法則を駆使することで、古代の絶望的な防衛機構すらも、確実な「手順」として粉砕してみせたのだった。


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