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見えない粒子の嵐と、冗長設計(レッドンダンシー)

水蒸気爆発による凄まじい圧力で氷の絶壁が砕け散り、ハヤトたち『エレキ・ストライド』とセレスティアは、ついに大氷原に隠された古代遺跡の内部へと足を踏み入れた。




「……これが、遺跡の中?」




先頭を歩くリアナが、不思議そうに周囲の壁を撫でた。

王都の近郊にあるような、石造りのカビ臭いダンジョンとは全く違う。

通路の壁や床は、継ぎ目の一切ない、滑らかで鈍い銀色の素材──未知の金属や複合材料で覆われていた。何千年という時が経っているはずなのに、サビ一つなく、微かな駆動音のようなものが壁の奥から低く響いている。

まるで、巨大な『空飛ぶ船(宇宙船)』の内部を歩いているかのような、無機質で洗練された空間だった。




「暗いわね。明かりを灯すわ」




セレスティアが杖を振り、ふわりと温かい光を放つ炎の球を空中に浮かび上がらせた。

だが、その直後だった。




パツンッ!




空中に浮かんでいた炎の球が、風も吹いていないのに唐突に弾け飛んだ。

それと同時に、セレスティアが「痛っ!」と小さく悲鳴を上げ、こめかみを押さえて立ち止まった。




「セレスティア様! どうしました!」




「だ、大丈夫よ。ただ、急に魔法が『消えた』の。魔力切れでもないし、集中を切らしたわけでもないのに、術式がほんの一瞬だけ、勝手に切断されたような……」




セレスティアの困惑した声に、ハヤトは嫌な予感を覚えて足を止めた。

荷電感知チャージ・センス》を最大まで広げ、空間のノイズを拾い上げる。

すると、視界の端で『電気回路入門』のARウィンドウが、けたたましい赤い警告マークを点滅させながら開かれた。




『マスター、ここは極めて劣悪な環境(ノイズ空間)じゃ! 目には見えないが、空間全体に“高エネルギーの微小な粒子”が弾丸のように飛び交っておる!』




(高エネルギーの粒子……まさか、放射線か!?)




『いかにも! 空高く、宇宙空間から降り注ぐような強烈な粒子線が、この遺跡の動力源から漏れ出しておるようじゃ。人体にすぐ影響が出るレベルではないが、精密な“回路”にとっては最悪のバグ発生源となる』




ハヤトはすぐに事態を理解した。

高エネルギーの粒子が電子回路を直撃すると、内部のデータが「0から1」へ勝手に書き換わってしまうことがある。いわゆる『シングルイベント効果(SEE)』と呼ばれる宇宙開発などで最も恐れられるエラー現象だ。




「セレスティア様、魔法の詠唱を控えてください! この空間には、見えない弾丸のような粒子が飛び交っています。それが魔法の『術式(見えない回路)』に衝突すると、システムがエラーを起こして一瞬だけ強制終了シャットダウンさせられるんです」




「魔法が、見えない何かに撃ち落とされたって言うの……?」




セレスティアが青ざめた顔で杖を下ろした。

その時、通路の奥から「ウィィィン……」という機械的な稼働音が複数響き渡った。




「ハヤト、おしゃべりしてる暇はなさそうだぞ!」




ガルドが大盾を構えて前に出る。

暗がりから現れたのは、フワフワと宙に浮く、直径一メートルほどの球体型の機械兵器ドローンだった。その数は五機。中心のレンズのような部分が赤く発光し、殺意を持った照準がハヤトたちに向けられる。




「迎撃します! 私とリアナで……」




「待って、セレスティア様!」




ハヤトの制止がわずかに遅れた。

セレスティアが杖を構え、迎撃の炎を放とうとした瞬間。彼女の構築した強固な術式に、空間を飛び交う見えない粒子が再び直撃した。




「あっ……!」




バチィッ! と激しい火花が散り、セレスティアの放とうとした魔法が、わずか「0・1秒」だけ術式の構築を途切れさせた。

通常であれば一瞬のノイズで済むかもしれない。しかし、極限まで高められた魔法エネルギーにとって、その『瞬断(一瞬の機能停止)』は致命的なエラーだった。

行き場を失った魔力が杖の先端で暴発し、セレスティア自身を吹き飛ばそうとする。




「させないッ!」




ハヤトが横から飛び込み、左手で彼女の杖を掴み、右手のガントレットを通じて暴発した余剰エネルギーをすべて背後のミナ(大地)へと強制的にアースさせた。




「はぁっ、はぁっ……ごめんなさい、ハヤト。魔法が、どうしても一瞬だけ途切れてしまう……!」




「気にしないでください。この環境じゃ、単一の術式で大魔法を撃つのは不可能です!」




ハヤトが叫ぶ間にも、機械兵器たちからの容赦ない光線の雨が降り注ぐ。




「ガァァァッ!! 重てえッ! こいつら、魔法じゃなくて純粋な光の熱線レーザーを撃ってきやがる!」




ガルドが大盾で必死に光線を防ぐが、盾の表面がみるみるうちに赤熱していく。リアナも高速で移動しながら短剣を投擲するが、宙に浮く敵の装甲に弾かれてしまう。

決定的な火力を持つセレスティアの魔法が『瞬断』によって封じられ、パーティはジリ貧の防衛戦を強いられていた。




「ハヤト君! 私からも回復魔法が上手く届きません! 途中で途切れちゃいます!」




背中でハヤトを支えるミナも悲鳴を上げる。

エラーが避けられない空間。いかなる天才的な魔術師であっても、ランダムに発生する物理的な粒子の衝突ノイズを防ぐことはできない。




(……単一のシステムじゃ、瞬断が起きた瞬間にすべてが落ちる。エラーを完全に防ぐことが不可能な極限環境なら、どうやってシステムを維持する?)




ハヤトの脳内で、王都の書庫で読み漁った高度なシステム設計の理論と、自身の電気工学の知識が猛烈なスピードで結びついていく。

絶対の正解が、一つの言葉となって導き出された。




「セレスティア様、もう一度、最大の攻撃魔法を準備してください。的は俺が作ります!」




「で、でも、また術式がエラーを起こしたら……」




「『エラーが起きても止まらないシステム』を今から作ります! 俺の銅線ハーネスを信じて!」




ハヤトは右腕のガントレットから、予備として持っていた極太の銅線を何本も引き出し、その先端をセレスティアの杖に、そしてもう一方を自分自身の装甲へとガッチリと接続した。




「ハヤト、これは……?」




「『冗長設計レッドンダンシー』です!」




機械兵器の光線をガルドが防いでいる隙に、ハヤトは早口で説明した。




「重要なシステムには必ず『バックアップ(予備の道)』を用意するんです! セレスティア様が魔法を構築する『見えない道』と並行して、俺の鎖と銅線を使った『物理的な電気の道』を繋ぎます!」




『素晴らしい発想じゃ! メインの回路と、バックアップの回路。これらを並列に接続することで、システム全体の生存確率を飛躍的に高めるのじゃな!』




教授が興奮気味に、二本の橋が並んで架かっている図解を表示する。




「もし空間の粒子がぶつかって、セレスティア様の魔法が0・1秒だけ『瞬断』を起こしても、同時に俺の銅線を通じてエネルギーをバイパス(迂回)させます。片方の道が落ちても、もう片方の道が生きている限り、魔法の出力は絶対に途切れない。……『瞬断許容フェイルオーバー』のシステムです!」




ただ守るのではない。エラーが起きることを前提とし、それが起きても機能が停止しないように設計する。これこそが、極限環境である宇宙や航空機などにおいて用いられる、究極の安全理論『冗長化』だった。




「二つの道を、同時に……! わかったわ、あなたを信じる!」




セレスティアが迷いを捨て、再び杖を力強く構えた。

敵の機械兵器たちが、最も厄介な熱源であるセレスティアを排除しようと、五機同時に最大の光線を放とうとエネルギーを収束させる。




「ガルドさん、盾を逸らして!」




「おうッ!」




「消し飛びなさいッ! 《極大・炎熱爆破フレア・バースト》!!」




セレスティアの杖から、圧倒的な炎のエネルギーが放たれた。

だが、その軌道の中間地点。再び、見えない高エネルギー粒子が彼女の術式に激突した。




パツンッ!




セレスティアの放った炎が、空中で一瞬だけ不自然にブレた。術式のメインルートが切断(瞬断)されたのだ。

通常であれば、ここで魔法は霧散し、暴発する。




「俺の回路バックアップを通れェッ!!」




ハヤトが自身の生体バッテリーをフル稼働させ、杖に繋いだ銅線を通じて、瞬断した魔法の「途切れた部分」を補うように強烈な電位差(電圧)を流し込んだ。

ハヤトの物理的な回路が、セレスティアの魔法の崩壊を許さず、0・1秒の隙間を完璧に埋め合わせる。




ゴォォォォォォォォッ!!




一瞬のブレから即座に立ち直った炎は、威力をいささかも減ずることなく、五機の機械兵器たちをまとめて業火の渦へと呑み込んだ。




「ピィィ……システム、深刻ナ、熱損傷──」




機械兵器たちは回避する間もなく、超高温の炎によって装甲をドロドロに溶かされ、次々と空中で爆発し、黒焦げの残骸となって床に転がった。

後に残ったのは、赤熱した床と、静けさだけだった。




「……はぁっ、はぁっ。やった、魔法が、途切れなかったわ……!」




セレスティアが杖を下ろし、信じられないというように自分の手と、ハヤトが繋いだ銅線を見つめた。




「エラーを完全に防ぐんじゃなく、エラーが起きても止まらない仕組みを作る……。ハヤト、あなたって人は、本当に……」




「どんな過酷な環境でも、システム設計(理屈)次第で絶対に乗り越えられます。俺たちは『パーティ(複数)』なんですから、道を一本に頼る必要はないんです」




ハヤトは汗を拭いながら、ガントレットの銅線を巻き取った。

ガルドが「相変わらずでたらめな頭脳だな!」と豪快に笑い、ミナがハヤトの背中に顔を押し当てて安堵の息を吐く。




見えない粒子の嵐という最悪のノイズ空間。

しかし、理系タンクたるハヤトが構築した『冗長設計』の前に、古代の防衛システムは完全に打ち破られた。

彼らはさらに深部へと続く金属の扉を見据え、仲間との連携という名の「最強のシステム」と共に歩みを進めるのだった。

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