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古代の遺物と、電磁誘導(ファラデーの法則)


かつて王都の希望と謳われた勇者パーティが、逃げるように正門から立ち去っていく姿を、ハヤトはギルドの二階の窓から静かに見下ろしていた。

彼らの背中には、もはや威厳の欠片もない。すれ違う街の人々も、彼らが何者であるかに気づくことすらなく、ただの薄汚れた敗残兵として道を譲るだけだった。




「……いいのかい、ハヤト。最後に見送りくらいしてやらなくて」




背後から歩み寄ってきたリアナが、窓の外を一瞥して肩をすくめた。

ハヤトは静かに首を振る。




「かける言葉なんてありませんよ。彼らは強大な魔力という才能に溺れ、自分たちが引き起こす『摩擦』や『熱』といった物理的な反動から目を背け続けた。……その結果が、あれです」




「そうだな。何事にも法則ってもんがある。それを無視して力任せに暴れれば、いつか自分に跳ね返ってくるってことさ」




ガルドが腕を組みながら深く頷く。

かつては自分たちこそが絶対の正義だと信じて疑わなかった者たちの末路。それは、神秘や魔法といった不確かなものに頼り切る危うさを、何よりも雄弁に物語っていた。




「ハヤト君、ガルドさん! 表にアルバーン家の馬車が来ています。セレスティア様がお呼びです!」




階段を駆け上がってきたミナの声に、ハヤトたちは顔を見合わせた。

旧魔力炉の遺跡から持ち帰った『古代のエネルギー結晶体コア』の件だろう。

ハヤトたちは装備を整え、ギルドの前に横付けされた豪奢な馬車へと乗り込んだ。











王都の中心部にある、アルバーン家の広大な屋敷。

その地下に設けられた厳重な魔術研究所に案内されたハヤトたちを待っていたのは、腕を組んで苛立たしげに眉をひそめるセレスティアと、何人もの白髪の老魔術学者たちだった。




「……遅いわよ、ハヤト。あなたたちに見せたいものがあるの」




「見せたいものって、あの遺跡のコアですか?」




部屋の中央にある頑丈な石の台座の上に、遺跡の最深部で回収した青白い結晶石が置かれていた。

しかし、以前はかすかに発光していたその石は、今は完全に光を失い、ただの曇ったガラス玉のようになってしまっている。




「ええ。アルバーン家が誇る最高の魔術学者たちを集めて、この『古代の遺物』に魔力を注ぎ込み、起動させようと試みているのだけれど……」




「まったくお話にならん!」




学者の長らしき老人が、杖を床に突き立てて吐き捨てるように言った。




「我らの純度の高い炎の魔力も、氷の魔力も、すべてこの石の表面で熱や冷気となって霧散してしまう! 魔力を蓄えるどころか、ただの頑丈な石ころではないか。セレスティアお嬢様、このようなガラクタに時間を割くのは……」




「ガラクタではありません」




ハヤトは老学者の言葉を遮り、台座へと歩み寄った。




「この結晶は『蓄電器キャパシタ』です。炎や氷といった、すでに変換されてしまった後の『現象』を注ぎ込んでも意味がない。純粋な『電気エネルギー』だけを蓄えるための器なんですよ」




「で、電気だと? 雷の魔術師の雷撃も試したが、表面で弾けて火花が散るだけだったぞ! 平民の分際で、知ったような口を利くな!」




激昂する老学者を無視し、ハヤトは静かに結晶石の表面を撫でた。

魔法使いの放つ雷撃は、一瞬で莫大なエネルギーを叩きつける「衝撃波」のようなものだ。キャパシタに電気を溜めるには、もっと一定の、そして継続的な『電流』を流し込む必要がある。

しかし、ハヤトの静電気だけでは、この巨大なコアを満たすには何日もかかってしまうだろう。




(……魔法を使わずに、安定して巨大な電流を生み出す方法。それも、この場で証明できるような分かりやすい物理現象で)




ハヤトが思考を巡らせた瞬間、視界の端で教授がニヤリと笑うように図解を展開した。




『ふふん。何を悩む必要がある、マスター。電気を生み出すのは、なにも魔法や化学反応バッテリーだけではない。もっと原始的で、最も確実な物理法則があるではないか』




(……そうか。電磁誘導(ファラデーの法則)か!)




ハヤトは顔を上げ、セレスティアに向き直った。




「セレスティア様。この屋敷に、天然の『磁鉄鉱(磁石)』はありますか? なるべく磁力の強いものがいいです」




「磁石? ええ、方位磁針を作るための原石なら、倉庫に大きなものがあるはずだけど……」




「それを持ってきてください。俺が、魔法を一切使わずにこの石にエネルギーを充填してみせます」




数分後。

騎士が抱えて持ってきたスイカほどの大きさの黒い磁鉄鉱を受け取ると、ハヤトは自分の革袋から長い『銅線』を取り出し、台座の上の結晶石にぐるぐると何重にも巻き付け始めた。




「何をしている、小僧。ただの銅の糸を石に巻き付けて、何の意味がある!」




学者たちが訝しげに囁き合う中、ハヤトは巻き付けた銅線の両端を、結晶石の基部にある金属の接点にしっかりと結びつけた。

これで、結晶石の周囲に巨大な『コイル(導線の巻き線)』が完成した。




「ガルドさん。この磁石を持って、俺が作った銅線の輪っか(コイル)のすぐ近くで、思いっきり前後に激しく動かしてください」




「ん? おう、よく分からんが、ただ動かせばいいんだな?」




ガルドが巨大な磁石を両手で抱え込み、結晶石の目の前で、前後にブンブンと猛スピードで振り始めた。

巨漢のガルドの筋力による、凄まじい反復運動。

魔法陣の詠唱も、魔力の放出も一切ない。ただの力仕事だ。

学者たちが「ふざけているのか」と呆れ果てて背を向けようとした、その瞬間だった。




『磁界の変化が、空間に電圧を生み出す。これぞ“電磁誘導”じゃ!』




教授が網膜上に美しい数式を浮かび上がらせる。

誘導起電力 V は、コイルの巻数 N と、磁束の時間変化 ΔΦ/Δt に比例する。




V=−N

Δt

ΔΦ





「な、なんだこれは……!?」




老学者が素頓狂な声を上げた。

光を失っていたはずの結晶石が、ガルドが磁石を動かすスピードに比例して、内側から青白い強烈な光を放ち始めたのだ。

魔法使いの魔力マナは一切使われていない。

ただ、コイルの近くで磁石が動くという『磁界の変化』が、銅線の中に電子の流れ(電流)を強制的に作り出し、それが結晶石へと流れ込んでいるのだ。




「ガルドさんの『運動エネルギー』が、磁石とコイルという回路を通して、直接『電気エネルギー』に変換されているんです。……これなら、魔法の摩擦によるロス(熱)を出すことなく、純度100%の電気を注ぎ込める」




ハヤトの説明に、魔術学者たちは完全に言葉を失い、へたり込んだ。

彼らが一生をかけて研究してきた「魔法陣」や「詠唱」といった神秘のプロセスを一切介さず、ただの金属と磁石、そして腕力だけで、古代の遺物が起動してしまったのだから。




「すごい……。魔法じゃなくても、力は生み出せるのね」




セレスティアが、眩い光を放つ結晶石を見つめながら感嘆の溜息を漏らす。

やがて、完全にエネルギーが充填された結晶石が「ピィィン」という高く澄んだ音を鳴らすと、その頂点から青白い光の束が天井に向けて放たれた。




光は空中で複雑に屈折し、やがて巨大な『立体的な地図ホログラム』となって部屋中に広がった。




「これは……王国の北の果て、大氷原の地図……? それに、この光っている場所は」




セレスティアが地図の一部を指差す。

そこには、現代の魔法文明では未発見となっている巨大な古代遺跡の存在が記されていた。




「……どうやら、この蓄電器はただのバッテリーじゃなく、次の施設へのナビゲーションだったみたいですね」




ハヤトは静かに笑い、コイルの銅線を回収した。

魔法の常識が通用しない、物理法則によって駆動していた古代文明の真の遺産。

エレキ・ストライドの次なる冒険の舞台が、電磁誘導の光によって明確に示された瞬間だった。

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