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絶縁破壊と、崩れゆく勇者たち



「エリス! 何をちんたらしている、さっさと特大の雷撃で吹き飛ばせ!」




王都から遠く離れた高難度迷宮の深層。

勇者グレンの怒声が、薄暗い洞窟に響き渡った。

彼らの周囲には、強靭な肉体を持つ高ランクの魔物たちが群れをなし、ジリジリと包囲網を狭めている。

かつてであれば、魔物がどれだけいようと、後衛の圧倒的な火力で一網打尽にできていたはずだった。だが今は違う。




「む、無理よ! これ以上、短期間で大きな魔法を使ったら、私の体がもたない!」




高位魔術師であるエリスは、自身の杖を握りしめたまま悲鳴のように叫んだ。

彼女の杖の先端からは、すでに制御しきれない青白い火花がバチバチと散り、彼女の両腕には痛々しい火傷の痕がいくつも刻まれている。




「甘えるな! 俺たちは選ばれた勇者のパーティだぞ! あの役立たずの荷物持ちがいなくなってから、お前は魔法を出し渋ってばかりじゃないか!」




グレンが剣で魔物の爪を弾き返しながら、血走った目でエリスを睨む。

彼には理解できていなかった。魔法という強大なエネルギーを具現化する際に発生する、莫大な『変換ロス』の恐ろしさが。

エリスは涙目で首を横に振った。




「違うの、グレン! ハヤトがいた頃は、魔法の反動で出る余分な熱や静電気なんてでなかったの! 今、あの規模の魔法を使ったら……行き場を失った反動がどうなるかわからないわ!」



「知るか! 撃たなきゃ俺たちが全滅だ、やれッ!!」




グレンの強圧的な命令に、エリスは絶望しながらも杖を高く掲げた。

魔物を一掃するための、彼女の最大魔法。




「……っ、《極大・天雷轟破ライトニング・フォール》!」




エリスの体内で極限まで練り上げられた魔力が、雷という物理現象に変換されていく。


しかし同時に、変換しきれなかった莫大なエネルギーが『行き場のない猛烈な静電気』となって彼女の周囲に溢れ出した。

普段なら、ハヤトがその静電気を吸い上げて大地の奥深くまで流していた。だが今は、彼女の体と杖に強烈な電圧が蓄積されていくばかりだ。




(お願い、耐えて……!)




エリスは祈るように杖を握った。

乾燥した空気も、木でできた杖も、本来は電気を通さない『絶縁体』である。

しかし、物理法則は残酷だった。




物質が電気を遮断できる限界には、明確な上限がある。

加わる電圧がその限界(絶縁耐力)を超えた瞬間、電気を通さないはずの絶縁体は構造を破壊され、強引に電気の通り道へと変貌してしまう。

いわゆる『絶縁破壊』である。雷が、本来電気を通さないはずの空気を引き裂いて落ちてくるのと同じ理屈だ。




バヂヂヂヂヂヂッ!!!




「あ……ぁぁぁぁっ!?」




限界を超えた電圧が、エリスの持つ杖の絶縁を破壊した。

放たれるはずだった極大の雷撃は、術式という正規のルートを通らず、絶縁破壊を起こした杖そのものと、彼女の両腕を『強引な通り道』として凄まじい勢いで逆流した。




パーンッ! という破裂音と共に、高価な魔導杖が内側からのジュール熱で木端微塵に爆散する。




「エリス!?」




グレンが振り返った時には、エリスは白目を剥き、全身から黒い煙を上げて地面に倒れ伏していた。

自らの生み出したエネルギーのロスを制御できず、絶縁破壊による内部からの感電と火傷をモロに食らったのだ。




「ひっ……いやだ、私は死にたくない!」




それを見た治癒士が完全にパニックに陥り、高価な《転移の魔石》を叩き割った。

青い光が彼らを包み込み、迷宮から強制的に離脱させる。

後に残されたのは、粉々に砕けた杖の残骸と、選ばれた天才たちが無様に逃げ出したという事実だけだった。

彼らはようやく思い知ったのだ。強大な力には、それを安全に運用するための『逃がしアース』が絶対不可欠であったことを。











勇者パーティが自滅による撤退を余儀なくされていた頃。

王都の冒険者ギルドは、お祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。




「ハヤト君、ガルドさん! ギルド本部の承認が降りました! あなたたち『エレキ・ストライド』は、本日から特例でランクCへと昇格です!」




受付嬢が興奮した声で、新しく発行された銅色のギルドカードを四人の前に並べる。

先日の《アーマード・ボア》のスタンピードを、一本の《カッパー・ワイヤー》と閃光(コロナ放電)だけで無傷のまま追い返した功績は、ギルド上層部を大いに驚かせていた。




「一気にランクCか! おいハヤト、お前と出会ってから俺たちのパーティ、とんでもない勢いで出世してるぞ!」




ガルドが豪快にハヤトの背中をバンバンと叩く。

リアナもミナも、真新しいギルドカードを嬉しそうに胸に抱いていた。




「それで、ランクCになったってことは……」




ハヤトがギルドマスターの方へ視線を向けると、彼は深く頷き、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。




「ああ。君たちには、さっそくギルドからの『指名依頼』を受けてもらいたい。……場所は王都の北、岩山が連なる《磁鳴谷じめいこく》だ」




「磁鳴谷……聞いたことがあります。方位磁針が狂って使い物にならなくて、鉄の鎧や剣を持っていると、見えない力で岩壁に引き寄せられてしまうっていう、厄介な迷宮ですよね」




ミナの言葉に、ハヤトはピンときたように目を輝かせた。

視界の端で、教授が『磁界とローレンツ力』の図解をパラパラと準備し始めている。




「見えない力で鉄が引き寄せられる。……つまり、谷全体が巨大な天然の『磁石』になっている環境ってことですね」




「その通りだ。鉄の装備が使い物にならないため、並の冒険者ではまともに探索ができず、奥に何が潜んでいるのか未だに分かっていない。……だが、金属を使わずに戦える君たちなら、あるいは」




ギルドマスターの期待の眼差しに対し、ハヤトは特注の革鎧の胸元を軽く叩いた。

ハヤトの扱う電気は、磁力と表裏一体の存在である。

強烈な磁場が初めから用意されている環境。それはハヤトにとって、ハンデどころか最高のアドバンテージに他ならない。




「面白そうですね。電気と磁石が揃っているなら、やれることの幅は格段に広がります」




理系の知識で世界を切り拓く最強の盾。

昇格を果たしたエレキ・ストライドの四人は、天然の磁場が支配する未踏の谷へと、新たな一歩を踏み出すのだった。

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