琥珀の引力と、接地の最適化
煙幕が壁一面に張り付き、視界が完全に開けた部屋の中。
喉元に短剣を突きつけられた暗殺者ザイードは、力なく両手を上げて降伏した。
「……俺の負けだ。好きにしろ」
「大人しくしてれば命までは取らないよ。ルーベン卿の企みを証明する、大事な証人だからね」
リアナが手早くザイードをロープで縛り上げる。
駆けつけたアルバーン家の護衛騎士たちが彼を引き取り、部屋にはようやく落ち着きが戻った。
「それにしてもハヤト君、今の力はすごかったね。あんなに真っ黒だった煙が、一瞬で壁の煤になっちゃうなんて」
ミナが、真っ黒に汚れた石壁を不思議そうに見つめる。
ハヤトは手元の鎖を巻き取りながら、息を吐いた。
「大がかりに見えますけど、やってることは単純です。煙の粒にマイナスの電気を帯びさせて、プラスの電気を溜めた壁に向かって静電気の引力で引き寄せただけですよ。……ほら、装飾品の琥珀を獣の毛皮で強く擦ると、細かい灰や綿毛が表面に吸い付くでしょう? あれと同じ理屈です」
ハヤトの説明に、セレスティアは呆れたように小さく吹き出した。
「貴族の子供が退屈しのぎに遊ぶような現象を、暗殺者の切り札を破るために使うなんて。……あなたは本当に規格外の盾ね。あなたたちに護衛を頼んで、正解だったわ」
「へへっ、これでアルバーン家からの報酬はさらにアップだな!」
ガルドが豪快に笑い、ハヤトの肩を叩く。
古代のエネルギー結晶体という確かな成果と、対立派閥の陰謀を未然に防いだ功績。王都における彼らの評価は、もはや揺るぎないものになりつつあった。
◇
翌日。
冒険者ギルドの会議室で、エレキ・ストライドの四人はテーブルの上に積まれた大量の金貨を見下ろしていた。アルバーン家から支払われた、破格の特別報酬である。
「これで当分は遊んで暮らせるな。装備の修繕費を引いても、お釣りがいっぱい来るぜ」
ホクホク顔のガルドに対し、ハヤトは自分の取り分の金貨をいくつか手に取り、隣に座るミナの方へと向き直った。
「ミナさん。俺の報酬を使って、ミナさんの新しい靴を新調したいんです」
「えっ? 私の靴ですか?」
突然の提案に、ミナが目を丸くする。
「はい。最近の戦闘で、俺の肉体が扱える電流量は劇的に増えました。でもそれに伴って、俺から余分な電気や熱を受け取り、地面に逃がす役割のミナさんへの負担も大きくなっているはずです」
ハヤトはミナの足元を指差した。
現在のミナが履いているのは、一般的な冒険者用の厚手な革靴だ。
「厚い革は電気を通さない絶縁体です。俺の体からミナさんへ電気が移っても、足の裏の革が壁になってしまい、地面へスムーズに電気が流れません。出口が塞がれた状態ではそこで激しい摩擦が起き、ミナさん自身が熱を持ってしまいます」
「あ……言われてみれば、ハヤト君の背中を支えた後、いつも足の裏が焼け焦げるように熱くなっていました」
「やっぱり。大電流を安全に逃がすには、ミナさんの足の裏と地面を、抵抗なく完全に繋ぐ必要があるんです。だから、王都のドワーフの工房で特注品を作ってもらいましょう」
ハヤトの構想は明確だった。
靴底に電気を通しやすい太い銅の網線を敷き詰め、さらに靴の裏には、地面の土に深く突き刺さる金属製のスパイクを取り付ける。
足の裏からスパイクの先端までを完全に導体で繋ぐことで、電気の逃げ道を最適化し、ミナへの負担をゼロにする完璧な接地環境を作り出すのだ。
「俺の火力が上がれば上がるほど、確実な接地は絶対に必要になります。……ミナさん、俺の出力を受け止める要になってくれませんか」
「……はいっ! 私、もっと頑丈な大地の通り道になりますね!」
ミナが頬を染めながら、力強く頷く。
最弱の静電気使いから始まったハヤトの戦術は、己の肉体という器の成長と、仲間との緻密な役割分担によって、さらなる高出力の領域へと足を踏み入れようとしていた。




