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安全装置の不在と、崩壊する勇者たち

煙幕が壁一面に張り付き、視界が完全に開けた部屋の中。

喉元に短剣を突きつけられた暗殺者ザイードは、力なく両手を上げて降伏した。




「……俺の負けだ。好きにしろ」




「大人しくしてれば命までは取らないよ。ルーベン卿の企みを証明する、大事な証人だからね」




リアナが手早くザイードをロープで縛り上げる。

駆けつけたアルバーン家の護衛騎士たちが彼を引き取り、部屋にはようやく落ち着きが戻った。




「それにしてもハヤト君、今の魔法……じゃなくて物理の力? すごかったね。あんなに真っ黒だった煙が、一瞬で壁のすすになっちゃうなんて」




ミナが、真っ黒に汚れた石壁を不思議そうに見つめる。

ハヤトはガントレットから鎖を外し、息を吐いた。




「大がかりに見えますけど、やってることは単純です。煙の粒にマイナスの電気を帯びさせて、プラスの電気を溜めた壁に向かって『クーロン力(静電気の引力)』で引き寄せただけですよ。冬場に、下敷きで髪をこするとホコリが吸い付くのと同じ理屈です」




ハヤトのあっけらかんとした説明に、セレスティアは小さく吹き出した。




「暗殺者の奥の手を、ホコリ取りと同じ理屈で破るなんて。……あなたは本当に規格外のタンクね。あなたたち『エレキ・ストライド』に護衛を頼んで、本当に良かったわ」




「へへっ、これでアルバーン家からの報酬はさらにアップだな!」




ガルドが豪快に笑い、ハヤトの肩を叩く。

古代のエネルギー結晶体という確かな成果と、対立派閥の陰謀を未然に防いだ功績。

ハヤトたちの冒険者としての評価は、王都において盤石なものになりつつあった。











一方、その頃。

ハヤトたちから遠く離れた別の迷宮で、悲痛な叫び声が響き渡っていた。




「きゃああっ!?」




高位の雷魔術師であるエリスが、両手を抱えて地面にうずくまる。

彼女が落とした杖の持ち手からは嫌な煙が上がり、バチバチと青白い火花が散っていた。

目の前にいるのは、以前の彼らなら数秒で片付けられたはずの中級レベルの魔物だ。




「エリス! 何をやっている、魔法が暴発したぞ!」




勇者グレンが苛立ちながら剣を振り、魔物を牽制する。




「わ、分からないわ! 魔法を撃とうとするたびに、魔力が炎や雷に変わりきらなくて……杖から物凄い熱と静電気が逆流してくるの!」




「チッ、治癒士! エリスの火傷を治せ!」




「だ、駄目です! 私の回復魔法も、空間に漂っている不自然な静電気のせいで通り道が逸れてしまって、うまく繋がらないんです!」




パーティ全体がパニックに陥っていた。

グレンもまた、自分の動きがひどく鈍くなっていることに気づいていた。

彼の着ている全身の金属鎧に、エリスたちの魔法から漏れ出た『余剰な静電気(変換ロス)』が帯電し、筋肉の動きを阻害しているのだ。仲間同士で肩が触れ合うだけで、バチッ!と強烈な火花が散り、痛みに顔を歪める始末だった。




「くそっ、何で俺たちがいきなりこんな不調に……! 昔はもっと強力な大魔法を、何発も安全に連発できていたはずだろ!」




グレンの叫びに、うずくまっていたエリスの顔色が変わった。

……昔。大魔法を連発していた頃。

彼女の脳裏に、かつて自分たちが「無能」と見下し、追放した少年の姿がフラッシュバックした。




『痛っ、相変わらず凄い魔法だなあ。また体に電気が溜まってるよ』




戦闘が終わるたび、ハヤトは苦笑いしながらエリスやグレンの体に触れていた。

そのたびに、ハヤトの指先から「パチッ」と静電気が鳴り、ハヤト自身は少し痛そうに手を振っていた。

当時の彼らは、それを「人の魔力に当てられて感電する、みっともないゴミスキル」だと嘲笑っていた。




「……まさか」




エリスは震える声で呟いた。




「私たちが高威力の魔法を使う時に出る、余分な熱と静電気……。あいつ、それを全部自分の中に吸い取って、地面に逃がして(アースして)くれていたの……?」




「なんだと?」




「そうよ! ハヤトが体に触れた後、いつも不思議と体が軽くなって、すぐに次の魔法が撃てたじゃない! あのパチパチ鳴るだけの力は、私たちが魔法の反動で自爆しないための『絶対に必要な安全装置』だったのよ!」




その事実に気づいた瞬間、グレンの顔からサッと血の気が引いた。

魔法という強大なエネルギーを物理世界に出力すれば、必ずロス(熱と帯電)が発生する。

彼らは自分たちが「魔法の天才」だからノーリスクで大魔法を撃てていたわけではなかったのだ。




ただ単に、ハヤトという『最強の避雷針』が、彼らの引き起こす変換ロスを黙ってすべて引き受け、大地へと流してくれていただけだった。




「お、俺たちは……自分から、その安全装置を捨てたっていうのか……?」




迫り来る魔物の咆哮を前に、勇者パーティは初めて、自分たちが犯した取り返しのつかない愚行の代償を思い知らされるのだった。

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