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尖端放電と、招かれざる使者

鋼鱗トカゲの討伐から数日後。

王都の冒険者ギルドの裏手にある修練場で、ハヤトは新調した革鎧のガントレットに、一本の『短剣』を接続していた。




「……ふぅっ」




息を細く吐き出しながら、生体回路(肉体)の魔力を右腕の銅線を通じて、短剣の刀身へと流し込む。

これまでの鎖分銅を使った『広範囲の面』への放電とは違う。

刀身という『線』、そして切っ先という『点』への魔力の集束だ。




『よいか、マスター。導体に与えられた電荷は、その表面に分布するが、決して均等ではない。表面のカーブが急な場所……つまり“尖った場所”に極端に集中する性質がある』




ハヤトの網膜上で、教授が電磁気学の基礎である『尖端放電コロナ・ディスチャージ』の図解を展開する。

電界の強さ E は、先端の曲率半径 r に反比例する。




E∝ 1/r




『曲率半径 r がゼロに近づくほど、つまり刃先が鋭利であるほど、その一点における電界 E は爆発的に増大する。そこへお前の静電気を叩き込めば、周囲の空気が絶縁破壊を起こし、超高温のプラズマ(雷刃)が形成されるのじゃ!』




「いける……!」




ハヤトが短剣の切っ先へ意識を集中させた瞬間。

バチチチチィッ!!

鋭い刃の先端から、青白いプラズマの光芒が数センチほど噴き出した。

空気がイオン化し、焦げたようなオゾンの匂いが漂う。




「おぉっ、すげえ! 短剣の先が光ってるぞ!」




見学していたガルドが身を乗り出し、リアナも目を丸くした。




「ハヤト君、それって……雷を刃に纏わせてるの?」




「纏わせてるっていうか、切っ先から極小の雷を発生させ続けてる状態です。……まだ数センチしか伸びないし、魔力の消費も激しいですけど」




ハヤトは放電を止め、短剣を下ろした。

鎖を使ったオームの法則(ジュール熱)が「重装甲をじわじわと焼き溶かす」広域兵器だとするなら、この尖端放電のプラズマは「魔力障壁すらも一点突破で貫く」ための精密な切断トーチだ。




「《刺電シデン》……とりあえず、そう呼ぶことにします。接近戦でどうしても敵の装甲や術式を貫かなきゃいけない時の、最後の切り札として」




「遠距離は鎖で封じて、近距離はプラズマの刃か。……お前、本当に隙がなくなってきたな。昨日ギルドで正式に『エレキ・ストライド』ってパーティ名を登録しておいて正解だったぜ。雷の歩み……お前の戦い方にぴったりだ」




ガルドが頼もしげに笑い、ハヤトの肩を叩く。

その時だった。




「──失礼。ここに『エレキ・ストライド』を名乗るパーティはいるか?」




修練場の入り口から、場違いなほどに豪奢な鎧を着込んだ数名の騎士たちが足を踏み入れてきた。

胸には、見覚えのない貴族の紋章が刻まれている。

ガルドがスッと前に出て、大盾に手をかけた。




「俺たちがそうだが。……王都の騎士様が、しがない冒険者に何の用だ?」




「ふん。我が主、ルーベン伯爵からの伝言だ」




先頭に立つ、金髪で傲慢そうな騎士が鼻で笑った。




「先日、迷いの森でアルバーン家の小娘……セレスティアの手助けをしたそうだな。あのような没落しかけの家に恩を売っても、貴様ら平民には一銭の得にもならんぞ。どうだ、我らルーベン派閥の『裏の汚れ仕事』を請け負う気はないか? 報酬はアルバーン家の倍を出そう」




それは勧誘の形をとった、明確な脅迫だった。

セレスティアの功績を潰そうとしていた対立派閥が、彼女を助けたハヤトたちを取り込み(あるいは潰し)に来たのだ。




「……お断りだね。俺たちは自由な冒険者だ。貴族の派閥争いの駒になるつもりはない」




ガルドが冷たく言い放つ。

その返答が気に入らなかったのか、騎士は顔をしかめ、腰の剣の柄に手をかけた。




「身の程を知れ、平民のゴミどもが。貴族の誘いを断れば、王都でどうなるか……」




「抜かない方がいいですよ」




騎士が剣を半分ほど引き抜いた瞬間。

いつの間にか騎士のすぐ横に立っていたハヤトが、静かに宣告した。

その手には、先ほどまで訓練で使っていた短剣が握られており、切っ先が騎士の金属鎧の隙間、首元の数センチ手前に突きつけられていた。




「なっ……いつの間に!?」




「あなたが今、その金属の剣を鞘から引き抜いて『摩擦』を起こせば、俺の短剣の切っ先から発生しているこの“プラズマ”が、極小の雷となってあなたの首元に落ちます」




チリチリッ、と。

ハヤトの短剣の先端で、青白い光が瞬いた。




「尖端に集中した電界は、最も抵抗の少ない導体……つまり、あなたの首の汗と金属鎧の隙間を狙って放電スパークする。引き抜けば、死にますよ」




「ヒッ……!?」




騎士はハヤトの冷徹な瞳と、喉元でパチパチと鳴る未知の雷の光に完全に呑まれ、腰を抜かしそうになった。

魔法の詠唱もなく、殺気すらない。

ただ『物理法則の事実』を突きつけるだけのハヤトの威圧は、魔法しか知らない彼らにとって底知れぬ恐怖だった。




「そこまでになさい、ルーベンの飼い犬ども」




修練場の空気を切り裂くように、凛とした声が響いた。

入り口に立っていたのは、銀色の髪をなびかせた高位貴族の少女──セレスティアだった。

彼女の後ろには、完全武装したアルバーン家の精鋭騎士たちが控えている。




「セ、セレスティア様……!」




「私の恩人に無礼を働くことは、この私が許しません。……丸焦げにされたくなければ、すぐに立ち去りなさい!」




セレスティアが杖を構え、膨大な炎の魔力を展開する。

以前のような無駄な拡散ではない。熱が一点に集中し、恐ろしいほどの密度を持った『最適化された炎』だった。

ルーベン派の騎士たちは舌打ちをし、逃げるように修練場から立ち去っていった。




「……助かりました、セレスティア様」




ハヤトが短剣を引き、ガルドたちと共に軽く頭を下げる。

セレスティアは炎を収めると、少し頬を赤くしてハヤトから目を逸らした。




「勘違いしないで。アルバーン家として、受けた恩は必ず返すと言っただけよ。……それに」




彼女はハヤトの特注の革鎧と、先ほど見せた《刺電》の残滓を見て、小さく微笑んだ。




「あなた、また新しい『回路』とやらを作ったのね。……相変わらず、でたらめで面白い戦い方をするわ」




傲慢だった炎の貴族が、理系タンクの論理を認め、明確な『味方』としてエレキ・ストライドに立ち並んだ瞬間だった。

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