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オームの法則と、焦熱の鎧

特注の『ハーネス・アーマー』を手に入れた数日後。

ハヤトたち四人の姿は、王都から馬車で半日ほど離れた岩山の荒野にあった。

今回の依頼は、街道を荒らし回っている凶悪な魔物、『鋼鱗こうりんトカゲ』の討伐である。




「……ハヤトの索敵通りだ。岩陰にデカいのが一匹いるぞ」




大盾を構えたガルドが、岩の向こう側を睨みつけながら低く唸った。

全長五メートルを超える巨大なトカゲ。その全身は、名前に違わず鋼鉄のように鈍く光る分厚い金属質の鱗で覆われている。




「あれ、私の短剣じゃ絶対に通らないよ……。刃が欠けちゃう」




岩陰から覗き込んだリアナが、げんなりとした顔で呟いた。

鋼鱗トカゲは、その圧倒的な物理防御力で並の冒険者の攻撃をすべて弾き返す難敵だ。おまけに魔法への耐性も高く、中途半端な炎や氷では表面を撫でるだけで終わってしまう。




「大丈夫だ、リアナ。今日は俺の『新しい回路』のテストも兼ねてる。……正面から焼き切るぞ」




「焼き切るって、ハヤト君の静電気で? でも、金属の鱗なら電気をそのまま通しちゃうんじゃない?」




ミナが不思議そうに小首を傾げる。

確かに、金属は電気をよく通す。雷の魔術を打ち込んでも、表面の鱗を伝って地面に逃げてしまい、内部の肉体には致命傷を与えられないのがセオリーだった。




『ふふん。それはあくまで、一瞬の放電しかできぬ三流の魔術師の話じゃ』




ハヤトの網膜上で、教授が面白そうに数式を展開する。




『導体を流れる電流が引き起こす熱エネルギー。すなわちジュール熱 Q は、電流 I、抵抗 R、時間 t を用いて、次のように定義される』




Q=I

2

Rt



『金属は電気をよく通すが、完全な抵抗ゼロ(超伝導)ではない。そこに“持続的”かつ“圧倒的”な大電流を流し込めば、その金属自体が巨大な発熱体ヒーターへと変貌するのじゃ!』




(……いくぞ!)




ハヤトはガントレットのコネクタに、鎖分銅をガチリと接続した。

遊びも隙間もない、完璧な接点。




「ガルドさん! 俺が鎖をあいつに巻き付けます。一瞬だけ、動きを止めてください!」




「おう! 任せとけ!」




ガルドが咆哮を上げ、大盾を構えて岩陰から飛び出した。

侵入者に気づいた鋼鱗トカゲが、シューッ! と威嚇音を鳴らし、巨大な尻尾を丸太のように振るう。




「重い、が……ッ!」




ガルドは盾を斜めに構え、鋼の尻尾の一撃をギリギリで受け流す。

トカゲの体勢が崩れたその一瞬の隙を突き、ハヤトが鎖分銅を渾身の力で投擲した。




「巻き付けッ!」




分銅の重りがトカゲの太い首元に回り込み、金属の鱗にガッチリと鎖が絡みついた。

これで、ハヤトの腕から敵の装甲へと繋がる一本の『回路』が完成した。




「ミナさん! アース(接地)を!」




「はいっ!」




ミナが背後からハヤトに抱きつき、大地の術式を展開する。

ハヤトは深く息を吸い込み、拡張された生体バッテリーの全出力を、腕の銅線ハーネスを通じて鎖へと叩き込んだ。




「通電ッ!!」




バチッ、バリバリバリッ!!!



これまでの『一瞬の弾き』や『空間のノイズ』とは次元が違う、暴力的なまでの大電流。

特注のコネクタのおかげで、ハヤトの手元でのロス(接触抵抗による発熱)はゼロ。

すべての電力が、鎖を伝って鋼鱗トカゲの金属装甲へと雪崩れ込む。




「ギ、ギャ……!?」




トカゲがビクンと痙攣する。

だが、ハヤトの狙いは感電させることではない。

圧倒的な電流の二乗に比例して生み出される、逃げ場のない『熱』だ。




「……溶けろ」




ジュウゥゥゥゥッ……!!

鎖が触れている首元の鱗から、嫌な煙が上がり始めた。

トカゲの誇る絶対の防御装甲が、ハヤトの流し込む大電流によって強制的に『発熱体』へと変えられたのだ。

外側からの炎ではなく、自分自身の鎧が内側から超高温のオーブンとなって肉を焼き始める。




「ギャアァァァァァァッ!!!」




岩山に、トカゲの絶叫が木霊した。

熱から逃れようと暴れ狂うが、どれだけ動いても鎖は外れず、自身の鱗が放つ数百度のジュール熱が、皮脂と肉を容赦なく焦がしていく。

やがて、鋼のように硬かった鱗が熱で赤くドロドロに融解し始めた。




「リアナさん、装甲が溶けました! 首元に隙間が!」




「オッケー、もらったぁっ!」




融解して柔らかくなった首の隙間に向けて、リアナの双刃が容赦なく突き立てられる。

致命傷を負ったトカゲは、最後に一度だけ大きく痙攣し、やがて巨大な地響きと共に沈黙した。




「……ふぅっ」




ハヤトは放電を止め、コネクタから鎖を外した。

特注の革鎧の袖口からは微かに煙が上がっていたが、中の銅線が熱を逃がしてくれたおかげで、ハヤトの腕に火傷は一切ない。

背中を支えていたミナも、無事に余剰電流を大地へ流し切り、安堵の息を吐いていた。




「おいおい、嘘だろ……」




トカゲの死骸を見下ろし、ガルドが信じられないという顔で額の汗を拭った。




「あの鋼鱗トカゲの装甲が、ドロドロに溶けてやがる。炎の魔法を撃ち込んだわけでもないのに、どうやってあんな熱を……」




「相手の硬い鱗を『抵抗ヒーター』として利用したんです」




ハヤトは少し得意げに笑った。




「大電流を流し続ければ、電気の摩擦で対象そのものが超高温の熱源になる。……オームの法則です」




「オームの法則? よく分からんが……お前、とんでもない攻撃手段を手に入れたな」




ガルドが呆れたように笑い、リアナも興奮した様子でトカゲの溶けた鱗を突いていた。

ベクトルを逸らし、動きを封じるだけのタンクからの脱却。

理論とハードウェアの進化がもたらした『必殺の火力』の獲得に、ハヤトの視界の端で教授も静かに拍手を送っていた。

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