肉体の急成長と、次なる成長の条件
森の討伐から数日後。
冒険者ギルドの受付で、ハヤトは困惑した表情で自分の胸元を引っ張っていた。
「……ミナさん。これ、やっぱり縮んでないですか?」
「革鎧は洗濯しても縮みませんよ、ハヤト君。あなたが大きくなったんです」
ミナが呆れたようにため息をつく。
ハヤトが着ているのは、一ヶ月前にギルドで支給されたばかりの標準的な革鎧だった。
しかし今、その胸当ては張り裂けんばかりにパンパンに膨らみ、肩口のベルトは筋肉に食い込んで、動くたびにギシギシと悲鳴を上げている。
ズボンの丈も不自然に短くなり、足首が完全に露出していた。
「ほら、腕を上げてみてください」
「え? あ、はい」
ハヤトが素直に腕を振り上げた瞬間。
ビリッ!!
「あ」
「……あーあ。肩の縫い目が弾けちゃったわね」
隣で見ていたリアナが、おかしそうに肩をすくめた。
ハヤトの急激な身体の変化は、誰の目にも明らかだった。
ミナによる高タンパク・高カロリーな徹底した食事管理。そしてガルドの指導による、実践的で高負荷な物理トレーニング。
それに加えて、戦闘のたびに静電気(電流)を全身に巡らせることで、ハヤトの筋肉繊維は電気信号による強制的な破壊と超回復を繰り返し、通常の数倍のスピードで発達していたのだ。
「背も、私より高くなりましたね。一ヶ月で十センチ近く伸びてるんじゃないですか?」
ミナがハヤトの横に立ち、頭のてっぺんを手で比べる。
かつて栄養失調で十四歳の子供のように見えていた面影は、もうどこにもない。
引き締まった分厚い胸板、太い首、そして精悍さを増した顔つき。
今のハヤトは、誰が見ても立派な『十八歳の青年』であり、百戦錬磨の冒険者のオーラを纏い始めていた。
「おい、あいつ……この前まで『鉄の牙』に絡まれてたチビの荷物持ちだろ?」
「嘘だろ、体格が全然違うぞ。それにあの目……完全に修羅場を潜り抜けてきた目だ」
ギルドの酒場で飲んでいた荒くれ者たちが、ヒソヒソとハヤトを見て囁き合う。
もはや、彼を「パチパチ痛いだけの無能」と舐めてかかる者など、王都のギルドには一人もいなかった。
「よし、報酬の受け取り終わったぞ。……おっ、ハヤト。ついに鎧が弾けたか」
ギルドのカウンターから戻ってきたガルドが、ハヤトの破れた肩口を見てニヤリと笑う。
「ガルドさん……これじゃ戦えません。動きにくくて」
「だろうな。今の細い導線じゃ、新しい出力を受け止めきれん。よし、今日の報酬で新しい防具を新調しに行くぞ。タンクに相応しい、頑丈な奴をな」
四人は連れ立って、王都の武具街へと向かった。
自分の身体という『ハードウェア』が、戦士として、そして電気を流す器として着実に拡張されている。
その確かな実感が、ハヤトの足取りを軽くしていた。
◇
その日の夜。
宿屋の自室に戻ったハヤトは、ベッドの上で一人、網膜に浮かぶARの画面と向き合っていた。
『マスターよ。お前の生体バッテリーは、この一ヶ月で驚異的な拡張を遂げた』
教授の声が、いつになく真剣な響きを帯びる。
『導線が太くなったことで、お前はより大きな電流に耐えられるようになった。……つまり、これまで避けてきた“あの現象”を、武器として意図的に使えるということじゃ』
「避けてきた現象……?」
『左様。ハヤト、お前が限界を超えて静電気を放った時、必ず体に起きていた反動は何じゃ?』
ハヤトは少し考え、すぐに思い当たった。
「熱、か。電流を流しすぎた時に発生する、内臓が焼け焦げるような激痛……」
『その通り。電気抵抗によって生じる熱エネルギー……いわゆる“ジュール熱”じゃな』
視界の中で、『電気回路入門』のページがパラパラと捲られ、一つの新しい章が青白くハイライトされた。
『第6章、抵抗とオームの法則』
空中に、単純な数式が浮かび上がる。
【 発熱量 = 抵抗 × 電流の二乗 × 時間 】
『これまでは、お前自身の細い体が抵抗となって熱を持ち、自滅しかけておった。だが、今の強靭なハードウェアなら話は別じゃ』
「……もしかして」
『そうじゃ。敵の持つ硬い装甲や武器、あるいは地形そのものを“抵抗体”と見なし、そこへ意図的に大電流を流し込む。物理攻撃を弾く鋼の殻すらも、内側からの超高温(ジュール熱)でドロドロに溶かし切るのじゃ!』
ハヤトは息を呑んだ。
それは、これまで「ベクトルを逸らす」「足止めする」という防御や支援に徹していたハヤトが、初めて手にする『必殺の攻撃力』の概念だった。
「相手の装甲そのものを、発熱体に変える……」
『左様。物理法則を知らぬ猿どもに、本物の“熱”というものを教えてやろうではないか』
教授の悪魔的な笑い声が、夜の部屋に響く。
最強の理系タンクへの道。
その次なる要件である『オームの法則』の実装に向けて、ハヤトは静かに拳を握りしめた。




