認識のアップデートと、不器用な礼
黒焦げになった巨大な蔦の残骸が、風に吹かれて灰となって崩れていく。
森を覆っていた異様な魔力の淀みは完全に晴れ、木々の隙間から夕陽の赤い光が差し込み始めていた。
「……はぁ、死ぬかと思った」
リアナが双刃を鞘に収め、ドカッと切り株に腰を下ろす。
ハヤトも地面に座り込み、水筒の水を一気に飲み干した。
限界を超えた放電とEMCハッキングの反動で、体中の筋肉が悲鳴を上げている。背中を支えてくれていたミナも、今はハヤトの隣で静かに息を整えていた。
「おい、貴族の嬢ちゃん。怪我はないか」
ガルドが大盾を背負いながら、へたり込んでいるセレスティアに声をかけた。
彼女は弾かれたように顔を上げ、ガルド、そしてハヤトを交互に見つめた。
その瞳には、かつての傲慢な光はない。
絶対だと信じていた自身の『極大の炎』が敵を強化してしまい、蔑んでいた『最弱の静電気』が自分を救った。
その事実が、彼女のプライドを完全にへし折っていた。
「私、は……」
セレスティアは震える足で立ち上がり、よろめきながらハヤトの前に歩み寄った。
泥だらけのドレスアーマー。銀色の髪も煤で汚れ、無惨な姿だ。
「どうして……平民のあなたが、私を助けたの。私はあなたを無能だと見下して、暴言を吐いたのに」
「……助けた理由? 目の前で人が死にそうだったから、それに尽きますよ」
ハヤトは座ったまま、あっけらかんと答えた。
貴族に恩を売るためでも、見返すためでもない。ただの生存と防衛のロジックだ。
「それに、あなたの魔法は無能なんかじゃない。ただ『燃費が悪かった』だけです」
「……燃費?」
聞き慣れない言葉に、セレスティアが小首を傾げる。
「あなたの炎の魔力量は、俺なんか足元にも及ばないくらい桁違いだ。……ただ、それを全部“空気を温めること”に使ってしまっていた。配線が剥き出しで、力が周囲にダダ漏れになってる状態だったんです」
「魔力が、漏れてる……」
「炎を広げず、一点に圧縮して『回路(通り道)』を最適化すれば、あんな植物の吸収術式なんか、一撃でキャパオーバーさせて焼き切れたはずですよ。……あなたなら、絶対にできる」
ハヤトの言葉に、セレスティアは目を見開いた。
彼は自分を嘲笑うでもなく、同情するでもなく、ただ冷徹に『システム(魔法)の改善点』を指摘しているのだ。
そこには、身分や生まれ持った魔力量への妬みなど一切ない。
ただ純粋に、現象を解析し、最適解を導き出そうとする『技術者』としての真摯な目があった。
「……負けたわ。完全に」
セレスティアは自嘲気味に笑うと、背筋を伸ばし、泥だらけのドレスの裾を少しだけ摘まんで、優雅なカーテシー(淑女の礼)をとった。
「私は、セレスティア・フォン・アルバーン。アルバーン伯爵家の長女です。……命を救っていただいたこと、そして、私の驕りを正してくれたこと。心から感謝します」
高位貴族が、名もなき平民の冒険者に向かって、正式な礼をとる。
それは、この魔法至上主義の世界において、あり得ない光景だった。
「あ、いや……俺はハヤトです。こっちはリーダーのガルドさんで……」
慌てて立ち上がろうとするハヤトを、セレスティアは手で制した。
「ハヤト。あなたのその『静電気』の戦い方、見事だったわ。もし良ければ、我がアルバーン家の専属騎士として……」
「あー、ごめんなさい。俺はこの『盾』のパーティの専属なんで。引き抜きはお断りです」
ハヤトが即答すると、ガルドとリアナが吹き出し、セレスティアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、クスリと笑った。
「……そう。残念ね。でも、この恩は必ず返すわ。アルバーン家の名にかけて」
セレスティアはハヤトの顔をじっと見つめ、その瞳の奥に確かな『尊敬』の光を宿して、森の出口へと踵を返した。
彼女を迎えに来た従者たちと合流し、その銀髪が森の奥へと消えていく。
『ほう。あの高飛車な貴族の小娘に、回路の最適化を説くとはな。なかなか罪作りなマスターじゃ』
視界の端で、教授が悪戯っぽく笑う。
「茶化すなよ。事実を言っただけだ」
「おーおー、もてモテだねぇ、ハヤト君」
リアナがニヤニヤしながら肘で突いてくる。
ハヤトはため息をつきながら、泥だらけの鎖分銅を拾い上げた。
何はともあれ、これで森の異常は解決した。
彼らは確かな戦果と、一人の貴族の少女との出会いという思わぬ報酬を手に、王都への帰路についた。




