術式破壊(EMCハッキング)
「システムに、致命的なエラー……?」
セレスティアが呆然とオウム返しにする。
魔法を至高の神秘と信じる彼女にとって、ハヤトの口にする『システム』や『バグ』といった言葉は、まったく理解の及ばない概念だった。
「ガルドさん、リアナさん! 俺が鎖を本体に繋ぐまで、十秒だけ持ち堪えてください!」
「十秒だな、任せろ!」
「本体までの道は私が開く!」
ガルドが大盾で迫り来る蔦を弾き返し、その隙を突いてリアナが双刃の乱舞で蔦の壁を切り開いていく。
ハヤトは鎖分銅を回収し、ミナを振り返った。
「ミナさん、今回のは今までで一番キツい負荷が来ます。……俺のアース(接地)、頼めますか」
「はい。あなたの背中は、私が全力で守ります」
ミナが迷いなくハヤトの背中に抱きつき、大地の術式を展開する。
彼女の温もりと、確かな『逃がし道』の存在を感じ取り、ハヤトは目前の巨大な群生核を睨みつけた。
(教授。あいつの『魔力吸収の術式』……精密な回路なら、ノイズで誤作動を起こせるはずだ)
『その通りじゃ、マスター。どんなに強大なシステムでも、外部からの予期せぬ電磁ノイズ(EMI)には脆弱なもの。いわゆるEMC(電磁両立性)の欠如じゃな』
視界の端で、教授がニヤリと悪魔的な笑みを浮かべる。
『一定の魔力を吸い上げるだけの単調な術式に、不規則で高周波な静電気のパルスをぶち込んでやれ。術式の計算式をぐちゃぐちゃに書き換えてやるのじゃ!』
リアナが切り開いた道の奥、群生核の本体が赤黒く脈打っているのが見えた。
「いっけぇぇっ!」
ハヤトは鎖分銅を渾身の力で投擲した。
分銅の重りが、再生しようと蠢いていた太い蔦の一本に深々と突き刺さり、絡みつく。
これで、ハヤトから群生核の本体へと繋がる、一本の物理的な『導線』が完成した。
「……ハヤト、あなた何を……」
「見ててください。魔法が絶対じゃないってことを、証明してやります」
へたり込むセレスティアの目の前で、ハヤトは鎖を両手で握りしめた。
今までのように、一定の反発力や引力を作り出すための、綺麗な電流ではない。
わざと波長を乱し、不規則に、断続的に、そして極限まで高周波に引き上げた『静電気のノイズ』。
精密機械の基板に、泥水をぶち撒けるような最悪の嫌がらせ。
「システム、崩壊しろッ!!」
バチバチバチィィィンッ!!!
耳障りな破裂音と共に、無数の不規則な火花が鎖を伝い、群生核の本体へと一気に流れ込んだ。
「ギ、ギィィィッ……!?」
群生核が、これまでとは全く違う、苦痛に満ちた叫び声を上げた。
ハヤトの流し込んだ高周波ノイズが、群生核の内部で稼働していた『魔力吸収の術式』に致命的な干渉を起こしたのだ。
吸収した魔力を自らの生命力に変換するはずの回路が、デタラメな信号によってショートする。
結果どうなるか。
「あ、あれ……!」
セレスティアが震える指で群生核を指差した。
群生核の内部に蓄えられていた、彼女の極大の炎魔法のエネルギー。
それを制御する安全装置が壊れたことで、膨大な炎の魔力が、植物の内部で『行き場を失って暴走』を始めたのだ。
「ギャアァァァァァッ!!」
群生核の表面がドクドクと不気味に膨張し、蔦の隙間から赤熱した炎の光が漏れ出し始めた。
外部から攻撃されたのではない。
自分自身が取り込んだ強大すぎるエネルギーを制御しきれなくなり、内側から自壊し始めているのだ。
迫り来ていた周囲の蔦も、統制を失って地面でのたうち回り、次々と干からびていく。
「ぐぅぅっ……!」
だが、術式を破壊した代償として、行き場を失った強大な魔力の逆流(サージ電流)が、鎖を通じてハヤトに襲いかかっていた。
ハヤトの血管が限界を迎え、皮膚から血が滲む。
しかし、その致死量のフィードバックは、背中に密着したミナの『アース』を通じて、間一髪のところで地面へと逃がされていた。
「ハヤト君、私が……私が全部、大地に還しますから……っ!」
ミナが祈るように叫び、足元の地面が黒く焦げていく。
彼女の献身がなければ、ハヤトは一瞬で消し炭になっていただろう。
「ガルドさん! あいつの防御術式は完全に死にました! 中身が暴発する前に、トドメを!」
「おうよッ!!」
ハヤトの絶叫に応え、ガルドが巨大なカイトシールドを構えて地を蹴った。
防御の要である盾使いが、すべての体重と筋力を乗せた、物理的な大質量の一撃。
炎の魔力で内側からパンパンに膨れ上がり、脆くなっていた群生核の本体に、ガルドの盾の縁が深々と突き刺さる。
「砕け散れぇぇぇっ!!」
メシャァァァァッ!!
装甲を失った群生核が、水風船のようにあっけなく破裂した。
内部で暴走していた炎の魔力が空へ向かって噴出し、周囲の蔦も一瞬にして黒焦げの灰となって崩れ落ちた。
「……はぁっ、はぁっ」
ハヤトは鎖を手放し、膝から崩れ落ちた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、汗が滝のように流れ落ちる。
背中を支えていたミナも、魔力切れでそのままハヤトの背中にもたれかかって荒い息を吐いていた。
「……終わった」
静寂を取り戻した森の奥。
灰の雪が舞い散る中、セレスティアはただ呆然と、崩れ落ちた魔物の残骸と、満身創痍のハヤトの後ろ姿を見つめていた。
絶対だと信じていた自分の魔法が通用せず、蔑んでいた『最弱の静電気』が、見事に強敵のシステムを打ち破った。
彼女の中で、世界を構成する常識が、大きな音を立てて崩れ去った瞬間だった。




