第25話:継承
年月が過ぎた。
戦後の混乱がようやく落ち着いた頃、帝国大学の地下倉庫に、一つの封印箱が再び日の光を浴びた。
木箱には古い焼印。
「観察装置資料群 ― 封印指定第七区画」。
誰も開けてはならないと記された札が、黄ばんだまま残っていた。
だが、今日、その封印は破られる。
若い研究員がひとり、埃を払いながら慎重に木箱の蓋を開けた。
中から現れたのは、焦げたノートと、金属片、そして――一枚の鏡の破片。
研究員の名は、藤崎一真。
かつて斎藤の講義を受けていた、最後の弟子の一人だった。
「……これが、あの“観察装置”の記録……。」
藤崎は震える手でノートを開いた。
中の文字は、ところどころ焦げて読めない。
だが、最後のページだけは、奇妙に綺麗だった。
> 『観察とは呪術である。
> だが、記録は祈りを超える。
> ――S.R.』
“S.R.”――斎藤蓮一。
藤崎はページをなぞりながら、小さく息をついた。
「先生……あなたは、まだこの続きを考えていたんですね。」
机の上に置かれた鏡の破片が、薄暗い光を反射する。
中に、ぼんやりと人の輪郭が浮かんでいた。
「……これが、あの現象の核?」
彼は破片に指を伸ばした。
冷たいはずのそれは、驚くほど温かかった。
> ぴちゃん。
微かな音。
藤崎は顔を上げた。
部屋に水はない。
それでも確かに、水面の音が響いていた。
ノートの別ページを開く。
数式と、図面のようなものが描かれている。
観察角度、反射率、脳波同期値
――それはまるで、科学的な再現計画。
「観察……共鳴……反射。」
彼の指が止まる。
その横に、斎藤の小さなメモ書きがあった。
> 「弟子よ。
> 数式の中に、祈りが混ざる瞬間を見逃すな。
> それが“継承”の始まりだ。」
藤崎は思わず笑った。
「先生らしい……科学で語りながら、結局、宗教めいたことを残すんだから。」
しかし、次の瞬間。
笑みが凍りつく。
ノートの端に、にじむような文字が浮かんでいた。
> 『見ているか?』
藤崎は息を呑み、鏡を見た。
そこに、ほんの一瞬、白衣の男の姿が映った気がした。
「……先生?」
呼びかけても、返事はない。
ただ鏡の中の反射が、微かに歪む。
その中心で、水面が広がるように波紋が揺れた。
藤崎は震える手でノートを閉じ、深呼吸をひとつした。
「……再現はしない。でも、記録は残す。」
彼はその場で新しいノートを取り出し、1ページ目にこう記した。
> 『観察記録・継承研究ノート No.01
> 指導者:斎藤蓮一(故)
> 後継者:藤崎一真
> 目的:
> 封印された現象を、
> 科学と言葉の境界において“継承”する。』
その文字を書き終えた瞬間、鏡の破片が静かに光を放った。
> ぴちゃん。
まるで、誰かが同意したように。
報告書 No.0-008 「継承」
作成者:藤崎 一真(帝国大学 神経物理学部門)
備考:
鏡片の反応、安定。
視覚干渉値、12秒の遅延を確認。
封印資料に追加登録。
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