第24話:鏡の封印
雨の止んだ朝、斎藤は地下へ降りていた。
研究棟の奥、長らく閉ざされていた記録保管区画。
湿った空気の中に、古い薬品と焦げた鉄の匂いが残っている。
階段を降りきった先に、ひとつだけ灯りのともる部屋があった。
――鏡室。
扉の前には軍の封印。
厚い溶接痕を切り開き、斎藤はゆっくりと中へ入った。
中は静かだった。
あの夜、波打つように歪んでいた空間は、いまや灰色の沈黙に沈んでいる。
床一面に砕けたガラス。
その中央に、ひとつだけ割れずに残った鏡が立てかけられていた。
縁には、封蝋のような黒い染み。
近づくと、かすかに水の匂いがする。
斎藤は膝をつき、鏡の前に手を置いた。
表面に映るのは自分。
だが、その瞳の奥で、何かが瞬いた。
> 「……まだ、こちらを見ているのか。」
彼の声が響く。
鏡は沈黙している。
ただ、どこかで微かな音がした。
> ぴちゃん。
その音に、斎藤の表情が緩む。
懐から、ひとつの懐中時計を取り出した。
針は、00:00:12で止まっている。
彼は鏡の前にそれを置いた。
「――もう、再開してはいけない。祈りは観察となり、観察は呪いとなる。」
鏡の縁に、手帳をそっと置く。
中には、全記録と実験式、そして黒瀬・伊庭・久保の名。
斎藤は深く息を吸い、手にしたチョークで床に円を描き始めた。
まるで科学式と呪術陣が融合するような線。
数式と古代文字が、交互に床を埋めていく。
最後に、中央に一文字。
「反射」
「この鏡が再び光を浴びれば、儀式は再開する。」
彼はそう言いながら、円の外に立ち、静かに呟いた。
> 「この光を封じ、観察を終える。」
彼は天井のレバーを引いた。
鉄の扉がゆっくりと降りてくる。
部屋全体が暗闇に沈む。
だが、完全に閉じるその瞬間――鏡面の奥で、誰かの声がした。
> 「……ありがとう。」
斎藤は目を閉じた。
誰の声か、もう分からなかった。
ただその音は、不思議と穏やかだった。
扉が閉まり、封印の印が刻まれる。
金属音が響き、静寂が訪れる。
斎藤は壁に背を預け、懐中時計を見つめた。
針は動かない。
それでいい。
「これで……いいんだ。」
彼は小さく笑った。
「見た者が消えるのではない。見た者が“見られた”だけだ。」
報告書に最後の一文を記す。
> 「鏡、地下第七区画に封印。
> 再び光が当たれば、観察は再開する。
> 時計の針を“00:00:12”に固定。
> 観察の儀、ここに終結す。」
ペン先が止まる。
斎藤は立ち上がり、重い扉を閉めて部屋を出た。
廊下の先、誰もいない空間に、最後の音が響いた。
> ぴちゃん。
それは、封印が“息をした”音だった。
報告書 No.0-007 「鏡の封印」
提出者:斎藤 蓮一
備考:
再観察の可能性を排除。
次回調査を禁止。
鍵は自ら保管。
FROM INSIDE
STATUS: SEALED
TIME: 00:00:12




