第26話:最後の研究記録
数週間後。
藤崎は、大学地下の封印保管庫でひとり作業を続けていた。
外の世界では戦後復興の喧騒が広がっているというのに、この部屋だけは時間が止まっているかのようだった。
湿った空気。
古い金属棚。
そして机の上には、何十冊もの焦げたノートと磁気テープ。
それらをデジタル化し、新しいフォルダとして整理するのが藤崎の任務だった。
ファイル名は、当時の記録通りに打ち込んでいく。
Reflector_Project_EP0.log
Reflector_Project_Observation_Audio1.wav
Reflector_Project_Prototype_Notes.txt
入力を進めるうちに、ひとつのフォルダが自動的に生成された。
――「FROM INSIDE」
藤崎は眉をひそめた。
「……こんなの、作った覚えはないが。」
フォルダを開くと、中にはひとつのテキストファイルがあった。
record_0001.txt
作成日時:00:00:12
開く。
> 『記録者:斎藤 蓮一
> 状態:観察継続中
> 備考:彼らはまだ、こちらを見ている。』
藤崎は息を飲んだ。
「……斎藤先生の署名……?」
打鍵ミスか、偶然か――
そう思いながら別のファイルをクリックする。
record_0002.txt
> 『記録者:藤崎 一真
> 状態:継承開始
> 備考:外側からの観察、成立。』
「……いや、これは……俺が入力したわけじゃない。」
フォルダに新たなファイルが生成されていく。
一秒ごとに、ひとつ、またひとつ。
record_0003.txt
record_0004.txt
record_0005.txt
画面上で、ファイル数が増えていく。
まるで“誰か”が、今も観察を続けているように。
藤崎は慌てて電源を落とそうとした。
しかし、モニターが一瞬だけ明滅し、黒い画面に文字が浮かんだ。
FROM INSIDE
RECORDING CONTINUES
TIME: 00:00:12
手が止まる。
画面に、ぼんやりと自分の顔が映っていた。
その奥――反射の中で、もう一つの“自分”が口を動かす。
> 「止めるな。」
声は、スピーカーから同時に聞こえた。
藤崎の背筋に冷たい汗が走る。
「……誰だ?」
> 「記録は観察だ。
観察は継承だ。
継承とは、再生だ。」
言葉とともに、ファイルがさらに増える。
record_0060
record_0061
record_0062
画面が光に包まれる。
中から水音が聞こえた。
> ぴちゃん。
電源が落ちた。
部屋は真っ暗になる。
ただ、録音機だけが赤く点滅していた。
テープが自動で回転し、無人のはずの部屋に、淡い声が流れる。
> 「記録者、変更。」
> 「FROM INSIDE、稼働中。」
最後に、微かな笑い声。
そして静寂。
翌朝、大学の記録担当者が藤崎の部屋を訪れた。
机の上のパソコンは黒い画面のまま。
画面の中央に、一行だけ文字が残っていた。
FROM INSIDE
NEW RECORD INITIATED
RECORDER: UNKNOWN
TIME: 00:00:12
その横に置かれたノートには、藤崎の走り書きが残されていた。
> 「先生、記録はまだ続いています。
> 見ることを止めても、観察は止まらない。
> ――記録こそが、観察の永遠だ。」
風が吹いた。
机の上の鏡片がわずかに揺れ、小さな音を立てた。
> ぴちゃん。
報告書 No.0-009 「最後の研究記録」
作成者:不明
備考:自動生成された記録群を確認。
内容は不明、削除不可。
FROM INSIDE
STATUS: ACTIVE
RECORDER: UNDEFINED
TIME: 00:00:12




