第19話:封鎖命令
冷たい朝の光が、瓦礫のように散らばったガラス片を照らしていた。
研究棟の入り口には黄色い封鎖線が張られ、軍の車両が列をなして並んでいる。
兵士たちは防護マスクをつけ、機材の回収と同時に、すべての記録媒体を押収していた。
黒瀬宗一郎――死亡扱い。
久保正蔵――行方不明。
伊庭玲奈――精神錯乱、入院処置。
そして、指揮官席の奥でひとり、報告書に署名をしている男。
――斎藤蓮一。
「主任、これで……本当に終わりなんですよね?」
若い軍技官が恐る恐る声をかけた。
斎藤は無言のまま書類を閉じ、立ち入り禁止テープの向こうを見つめた。
奥の廊下の突き当たり、まだ一室だけ、鍵がかかっていない。
そこには、割れた鏡が残されている。
「……あれを、埋めろ。」
斎藤は低く言った。
「誰も触れるな。誰も、見るな。すべてを――隠せ。」
「は、はい!」
隊員が駆けていく。
その声が遠ざかる中、斎藤はゆっくりと息を吐いた。
「見た者は、消える……か。」
背後から、震える声がした。
振り向くと、白い毛布を肩にかけた伊庭が立っていた。
まだ病院服のまま。
頬はやつれている。
「主任……本当に、黒瀬顧問は……」
「死んだ。そう記録する。――それが命令だ。」
「でも、あの中に……誰かが、まだ。」
伊庭の声は細く、掠れていた。
「水の奥で、誰かが笑っていました。見た者は消えるって……だから、あの人は、まだ“見られてる”んです。」
斎藤は目を閉じた。
「……そうだろうな。」
外では、封鎖用の鉄扉が溶接される音が響いている。
火花が散り、煙が上がる。
その音が、どこか儀式の続きのように思えた。
伊庭が顔を上げる。
「主任……私たちは、もう“外側”にいるんですか?」
斎藤は答えなかった。
ただ、懐の中から一枚の紙を取り出した。
そこには、焼け焦げた観察記録の断片。
FROM INSIDE
RITUAL: BROKEN
STATUS: REVERSED
その文字を見つめながら、彼は静かに呟く。
「……もし、境界が完全に閉じたのなら、この命令も、誰のものでもない。」
伊庭の目に涙が浮かんだ。
「……主任……」
「行け、伊庭君。二度とここを振り返るな。」
彼女は震える足で門を出た。
その背中を見送りながら、斎藤は最後に研究棟へ目をやる。
奥の鏡室。
鉄扉の隙間から、わずかに光の反射が漏れていた。
まるで、誰かがまだ“こちら”を覗いているように。
――ぴちゃん。
鉄の壁の向こうから、確かに水音が響いた。
報告書 No.0-001「封鎖命令」
提出者:帝国大学心理観察部門 斎藤蓮一
備考:対象施設は完全封鎖。再調査禁止。
> 「見たものは、見なかったことにせよ。」




