第18話:沈黙
――音だけが残っていた。
部屋は沈黙している。
光も、動きも、もう何もない。
ただ、録音機の赤いランプだけが、心臓のように点滅していた。
「……記録、継続中。」
掠れた声が、テープの中で反響する。
斎藤の声だった。
彼は机に手をつき、震える指でマイクを握っていた。
装置のガラスはすでに砕け、鏡の欠片が床を覆っている。
そこに映るのは、無数の自分の顔――どれも、わずかに“遅れて”瞬きをしている。
「……黒瀬顧問、伊庭君、久保君。全員、消失。観察装置、制御不能。記録のみ、稼働を確認。」
彼はそれだけを言葉にして、息を吐いた。
マイクの向こうに、誰かがいる気がしてならなかった。
しかし、耳に届くのは自分の息遣いだけ。
――ぴちゃん。
あの音。
再び、どこからともなく響く。
斎藤は顔を上げる。
崩れたガラスの中で、液体のような光が蠢いていた。
「……やはり、ここにいたのか。」
彼は囁いた。
「“それ”は観察対象でも、物質でもない。観察そのものが、形を持った……。」
彼の指が震える。
録音機のスイッチに触れたまま、動かせない。
録音テープの針がわずかに揺れ、音を拾っている。
空気の流れのような、声のような――その中に、確かに言葉が混じっていた。
> 「――見ていたのは、あなた。」
斎藤は目を見開いた。
「誰だ……?」
返事はない。
ただ、テープの中で同じ声が繰り返された。
> 「見ていたのは、あなた。」
マイクが歪み、録音針が震える。
彼の手からペンが落ち、ノートが床に散らばる。
ページの一部に、黒いインクがにじんでいた。
> 『FROM INSIDE / OBSERVED: ALL』
それは自動筆記のように浮かび上がっていく。
斎藤は息を呑み、震える声で言った。
「……これは、もう科学ではない。」
その瞬間、録音機が短くうなりを上げた。
針が跳ね、ノイズが走る。
――ぴちゃん。
最後の水音。
それが、テープに刻まれた最後の記録だった。
音が止まり、赤いランプが消える。
部屋は完全な静寂に包まれた。
数日後、調査員が研究棟に入ったとき、録音機はまだ机の上にあった。
電源は切れているのに、テープはゆっくりと回っていたという。
そこから聞こえた音は――
「ぴちゃん」
ただそれだけ。




