第16話「視られる者(後篇)」
「顧問! 応答してください!」
通信回線の向こうで、技術員の声が響く。
だが応答はない。
モニターに映る黒瀬は、すでに背を向けていた。
カメラの前に立つ彼の姿が、徐々に透けていく。
肩、腕、そして顔。
最後に残ったのは“瞳”だけだった。
「主任……これ、映像が消えてるんじゃなくて……」
「――見られてる。」
久保の声が震える。
「外の私たちが、観察されてる側になってるんだ。」
そのとき、室内の全員が一斉に顔を上げた。
何の合図もなかったのに。
まるで一本の糸に引かれるように――全員の視線が鏡へ向いた。
伊庭の声が再び響く。
> 「もう外には、誰もいません!」
モニターの中の黒瀬が、ゆっくりと振り返る。
彼の唇が動く。
> 「見られることが、存在の証明だ。
> ならば、私が“視られる者”になろう。」
次の瞬間、黒瀬の姿が完全に消えた。
光が弾け、鏡面の中心に渦が生まれる。
周囲の温度が急激に下がり、照明が一つずつ落ちていく。
久保が叫ぶ。
「装置を止めろ!」
だが、誰も動かない。
彼らの瞳は鏡に釘付けになっていた。
その瞳が、鏡の中の光と完全に同期している。
「やめろ、見るな!」
久保が叫ぶ。
しかしその声も遅れて反響する。
反射する音が増え、どれが本物の声か分からなくなる。
――ぴちゃん。
波紋が大きくなり、鏡の奥から無数の“瞳”が覗いた。
それは人の数と同じだけあった。
全員の“内側の目”が、外を見ている。
伊庭の声が最後に囁く。
> 「もう、誰も観察していない。
> だから、世界は止まったの。」
時計が静かに音を立てて砕ける。
針は落ち、モニターには最後の記録が残った。
FROM INSIDE
SUBJECT: ALL
STATUS: OBSERVED
――ぴちゃん。
音が止む。
部屋には誰の姿もなかった。
ただ鏡面だけが、微かに呼吸していた。




