第16話「視られる者(前篇)」
翌朝、実験棟の照明は勝手に点灯していた。
誰も電源を入れていないのに、装置のモニターが自動で起動している。
時計は、やはり00:00:12で止まったまま。
久保は怯えながら、再び実験室に足を踏み入れた。
黒瀬顧問の姿はどこにもない。
床の水は乾いておらず、わずかに波紋を描いている。
――ぴちゃん。
音がした瞬間、モニターに光が走った。
画面には、昨日と同じ光景――実験室内部。
だが、そこに立っているのは久保自身だった。
「……録画、じゃない。これ、今……」
レンズの焦点が合い、映像の久保がこちらを見た。
遅れて、モニターの端に“誰かの肩”が映り込む。
「黒瀬顧問……?」
映像の中の“黒瀬”が微笑んだ。
そして口を開く。
> 「記録は続いている。
> ここには、まだ“観察者”がいる。」
久保が後退する。
机に手をついた瞬間、冷たい水が指に触れた。
床一面に広がった波紋が、まるで呼吸しているように脈打つ。
「……誰か、いますか。」
返事はない。
ただ、空気の奥で、微かに声がした。
> 「――もう外には、誰もいません。」
久保は目を見開く。
「……伊庭?」
その声は確かに、彼女のものだった。
鏡の奥から、波紋を通して聞こえてくる。
久保は恐る恐る鏡面に近づく。
「伊庭さん……あなた、どこに……」
鏡の中に、ぼんやりと彼女の姿が浮かぶ。
白衣の裾が水に揺れ、髪が宙で漂っている。
彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
> 「見えるんですね。じゃあ――もう、あなたも。」
その瞬間、鏡面全体が波打った。
モニターが赤い光を放ち、
警告音が鳴り響く。
――ぴちゃん。
床の波紋が一斉に反転し、外と内が“逆流”を始めた。




