第13話:記録者の手記②(後篇)
> 【記録媒体:紙/解析済】
> 【発見場所:旧帝国大学地下書庫・第三区画】
> 【筆記者:不明(推定:久保正蔵)】
> 【状態:半焼・水濡れ・一部読取不可】
(解析後・本文転写)
> ……筆跡が、途中から変わった。
> 書いているのは確かに私の手なのに、言葉が他人のものになる。
> ペンを持つ指の感覚が遠い。まるで誰かが肩越しに、私の手を動かしている。
> 音は、止まらない。
> ぴちゃん。
> 一秒ごとに、脈のように鳴っている。
> 時計が止まっているのに、世界のどこかで“時”だけが刻まれている。
久保はその一文のあと、ページの端に黒い線を引いていた。
そこから先は、まるで別人のような調子で続いている。
> “記録者”は消えない。
> ひとたび「観察」を始めた者は、
> 「見られる側」に移行する。
> それが“境界”の法則。
> 斎藤主任はそれを知っていた。
> だからこそ、最後の映像を残した。
> 彼は「観察者」を観察していた。
> 私たちを。
紙面のインクが、次第に灰色に変わっていく。
焼け焦げた端から、ところどころ文字が消えている。
だが最後の三行だけは、異様にくっきりと残っていた。
> “中”は静かだ。
> 光も音もなく、ただ水の呼吸だけが続いている。
> それでも、私はまだ「見ている」。
その下に、別の筆跡で書き足されたメモがある。
墨が新しく、まるで最近書かれたように黒い。
> 【補足:久保ではない】
> 書いたのは……“観察者”。
発見当時の調査記録によると、この手記の横に古い録音機が残されていた。
スイッチはオフ。
電源も切れていた。
しかし、再生ボタンを押した瞬間、音が流れたという。
最初はノイズ。
それから、静かな水音。
――ぴちゃん。
そして、遠くで誰かの息づかい。
その声は、確かに久保のものだった。
> 「……観察は続いている。
> 書いた言葉は、“外”へ届く。
> もし、これを読む誰かがいるなら――」
一瞬の沈黙。
そして、別の声が割り込む。
低く、湿った声。
男とも女ともつかない。
> 「――読む者も、観察の一部だ。」
録音はそこで切れた。
後日、封印資料の整理に立ち会った技術員が、最後にこう証言している。
> 「手記の最終ページが、勝手に開いたんです。
> 風もないのに。
> それに……紙が湿っていました。
> インクの跡が水滴みたいで、まるで――」
彼は言葉を詰まらせ、首を振った。
> 「――まるで、誰かが“内側から”書き続けているようでした。」
報告書には最後に、発見者の署名の横に赤いスタンプが押されている。
> STATUS:RECORDING CONTINUES
そしてページの下端には、黒いインクの滲みで文字が浮かんでいた。
FROM INSIDE
00:00:12
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