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REFLECTOR  作者: GenerativeWorks
Ritual

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26/27

第7話:視線の儀

翌日。


実験棟の入口には「関係者以外立入禁止」の札が掲げられていた。

だが、その下に新しい紙が貼られている。


> 【観察儀式・第三段階】

> 責任者:黒瀬宗一郎/監督:斎藤蓮一


その文字を見た瞬間、久保の喉が鳴った。


「……主任、まさか、承認したんですか?」


斎藤は黙って資料をまとめていた。

机の上の契約書には、軍の印章が押されている。


そして、署名欄の下には確かに彼の名があった。


「命令だ。私の意思ではない。」


「でも――」


「拒めば研究室ごと閉鎖される。選択の余地はない。」


その言葉に伊庭が静かに息を吐く。

白衣の袖をぎゅっと握りしめたまま、彼女は鏡を見た。


前夜の“視線干渉”以来、あの鏡はずっと白く曇ったままだ。

照明を消しても、曇りの内側でわずかに光が揺れている。


「……誰かが、起きてます。」


伊庭の声に、久保が肩を震わせる。


「やめましょうよ。もう“実験”じゃない。」


「軍は“実験”とは言っていない。」


斎藤の声は低い。


「彼らは、“儀式”と呼んでいる。」


扉が開く音。

黒瀬が二人の軍人を伴って入ってきた。


口元には冷たい笑み。


「時間だ。始める。」


「何を――」


久保が言いかけた瞬間、黒瀬は指を鳴らした。

助手たちが鏡の周囲に機材を運び込み、円形に配置する。


床にチョークで描かれた幾何学模様。

それは魔法陣のようであり、電気回路のようでもあった。


「“視線同期装置”。」


黒瀬は楽しそうに言った。


「全員の視線を一点に集約する。反射の“外側”を捕捉するんだ。」


「あなたは狂ってる。」


伊庭が吐き捨てる。


「見ることがどんな意味を持つか、知らないのに。」


「知らないからこそ、見るんだろう?」


黒瀬の声は静かだった。


「――恐怖は、理解の入口だ。」


照明が落とされる。

部屋を囲む蛍光灯が一斉に消え、中央の鏡だけが白く光を放った。


周囲のカメラが自動的に回転を始める。

空気が密度を増すように、重くなった。


「伊庭君。」


斎藤が静かに言った。


「退避してくれ。」


だが彼女は首を振った。


「私が媒介になる。そうしなきゃ、誰かが代わりに“持っていかれる”。」


「馬鹿な真似を――」


「主任。誰かが“視られる”なら、私でいい。」


彼女の声が震えていないことが、かえって不気味だった。

黒瀬が満足げに頷き、命令を出す。


「開始。全員、鏡を見ろ。」


十数名の視線が一斉に一点へ注がれる。

鏡の中の曇りが音もなく晴れていく。


その奥に、青白い光の揺らぎ。

水面のように広がる波紋。


「主任、温度が下がってます……」


「継続だ。」


斎藤の指が震えていた。

彼自身も恐怖を感じていたが、同時に“知りたい”という欲望が勝っていた。


光が強くなる。

鏡の奥から、低い唸りのような音。


それは人の声にも、水音にも似ていた。

――ぴちゃん。


誰かが息を呑む。

次の瞬間、伊庭の瞳孔が開き、光を映す。


鏡の光と完全に同期している。

黒瀬が叫ぶ。


「見ろ! 反応だ!」


装置の針が狂ったように振れ、ランプが赤く点滅する。

伊庭の唇が微かに動いた。


> 「……こっちを、見てる。」


その声がスピーカーから反響する。

遅れて、まったく同じ声が返ってくる。


> 「……こっちを、見てる。」


まるで、鏡の向こうの存在が言葉を“写した”かのように。

同じ声質、同じ息のリズム。


「主任!」久保が叫ぶ。「止めてください、これは――!」


斎藤は振り返らなかった。

彼の目もまた、鏡に縫いつけられたように動かない。


そこに、何かが“こちら側”へ向かって伸びてきていた。


白い、半透明の手。

水面から突き出るように、ゆっくりと。


――ぴちゃん。


光が一度、弾けた。

視界が真っ白になり、耳の奥で何かが砕ける音がした。


すべてが止まる。


そして、静寂。


再び蛍光灯が点いたとき、伊庭は床に崩れ落ちていた。

鏡は静まり返り、ただ表面に波紋の跡だけが残っていた。


「主任……記録、取れてません。」


久保が震える声で言った。

モニターの画面には、ただ一行だけが残されていた。


00:00:12

FROM INSIDE


斎藤は唇を噛み、伊庭の顔を見た。

彼女の瞳は、うっすらと白濁していた――まるで、まだ“向こう”を見ているかのように。

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