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REFLECTOR  作者: GenerativeWorks
Ritual

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22/28

第3話:ぴちゃん

「主任、今日は配管も止めました。なのに、まだ……。」


久保の声が震える。

深夜の実験室に、またあの音が響いた。


――ぴちゃん。


静寂に吸い込まれるような、水の音。

排水も、水槽もない。


なのに、床に丸い輪がひとつ、光を反射していた。


「錯覚じゃない。昨日より、近くなってます。」


斎藤は無言で観測端末を操作する。

スピーカーを通して増幅された室内音が、低いノイズと共に流れた。


> 「……ぴちゃん。」


「主任、拾ってます。マイク、完全に拾ってます。」


「音圧、周波数、距離、全部記録しろ。」


「……音の距離ですか?」


「ええ。音が近づいているなら、発生源があるはずだ。」


久保は顔を歪めながら測定器を覗き込む。


「主任……この波形、変です。」


「どこがだ。」


「音が、反射してないんです。壁にも、床にも。どこから来てるか分からない。」


「反射がない? つまり――」


「“中”から聞こえてる。」


その瞬間、伊庭が扉の隙間から入ってきた。

淡いランプの光に照らされ、髪の先が揺れる。


「もうやめてください。鏡の音を録るなんて。」


「観察とは、測定だ。」


斎藤は眼鏡の奥で瞳を細めた。


「測定は再現を導く。」


「祈りもそうです。」


伊庭の声は低かった。


「祈りも、何度も繰り返すうちに、神を呼ぶ。」


「科学と呪術を同列に語るな。」


「でも主任、どちらも“見えないもの”を呼ぼうとするでしょう?」


久保が口を挟む。


「……つまり、呼んじゃった可能性があるってことですか。」


「久保!」


斎藤の声が鋭く跳ねた。


「根拠のない恐怖は現象を歪める。」


「でも主任、現象が“恐怖”そのものなら?」


その問いに、空気が凍った。

蛍光灯が一瞬、明滅する。


鏡の面に白い光が縦に走り、表面がわずかに波打った。


「主任、見てください。波紋です。水じゃないのに……!」


「録画を回せ。照度を下げろ、反射率が飽和する。」


斎藤が操作盤を叩く。

モニターに映る鏡面は、確かに揺れていた。


その奥で、ぼやけた輪郭が浮かんでは消える。


「人影……?」


久保がカメラを構えた。


ピントを合わせた瞬間、スピーカーから音が爆ぜた。

――ぴちゃん。


今度は明らかに“近い”。


床の波紋が、斎藤の足元まで届いた。

湿り気のない実験室に、なぜか靴底が冷たく感じる。


「主任、後ろ……!」


伊庭の声。

斎藤はゆっくり振り返った。

だがそこには誰もいない。


ただ、鏡の反射が壁に映る。


「錯覚だ。」


「主任……今、反射の中に、“もう一人”いました。」


「言葉を慎め。」


「ほんとです。主任の肩越しに立ってました。」


久保がカメラのファインダーを覗く。

息を飲み、呟いた。


「……主任、映ってます。後ろに。」


斎藤が歩み寄る。

モニターに映る映像――自分の背後に、確かに“黒い影”が立っていた。


輪郭はぼやけ、頭部がゆっくりと傾く。


「……顔が、見えない。」


斎藤はつぶやき、手を伸ばした。

モニターのガラス越しに指先が触れる。


――ぴちゃん。


耳の奥で水音が響き、画面にノイズが走った。

映像が一瞬、反転する。


カメラが床に落ち、久保の悲鳴が上がった。


「主任! 画面の中の“影”、動いてます! こっちを見てる!」


「記録は続けろ!」


斎藤の声が揺れる。

鏡の奥に、ゆっくりと白い形が浮かび上がった。


目。

昨日と同じ、“あの目”だ。

無数の瞳が、泡のように水面から浮かび、外を覗いている。


「主任、止めて!」


伊庭が鏡を覆おうと手を伸ばす。


「触るな!」


「でも――!」


彼女の指が鏡面に触れた瞬間、光が弾けた。

鏡の中の瞳たちが一斉に瞬きし、静寂が訪れる。


時間が止まったような一瞬。


……ぴちゃん。


耳ではなく、心臓の奥で鳴ったような気がした。

斎藤は息を詰め、鏡を見据えた。


もう何も映っていない。

ただ、青白い残光がかすかに揺れている。


「主任……今の、録れてますか?」


久保の問いに、斎藤はゆっくりとうなずいた。

端末の画面に、ログがひとつ自動追加されている。


FROM INSIDE

00:00:12


斎藤はそれを見つめながら、低く呟いた。


「――音は、呼吸だ。まだ、“中”が生きている。」

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