表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REFLECTOR  作者: GenerativeWorks
Ritual

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/28

第2話:光学実験

「主任、夜明けですよ。もうやめましょう。」


久保の声は乾いていた。

時計の針はいまだに“00:00:12”のまま止まっている。


朝の光がブラインドの隙間から差し込み、鏡の表面に淡く筋を描いていた。


「記録を続ける。現象が一過性なら、日の光で再現できないはずだ。」


斎藤は頑なに鏡へ近づく。

金属の枠に冷たい手を置いた瞬間、指先に湿り気が伝わる。


夜の実験以降、鏡はうっすらと曇ったままだ。


「主任、表面、濡れてます。拭きますか?」


「いや、触るな。現象の痕跡だ。」


久保はため息を吐き、カメラのフィルムを入れ替える。

彼の手はわずかに震えていた。


「伊庭君は?」


「……少し休ませてます。熱を出して。」


「原因は?」


「瞳孔の異常拡張です。医務室が『強光への過敏反応』って。」


斎藤は短く唸り、鏡面を覗き込んだ。

反射した自分の顔が、薄い膜の向こうで遅れて笑った気がする。


「主任。」


「なんだ。」


「昨日のあの“ぴちゃん”って音、結局……何の音だと思います?」


「錯聴だ。配管の音でも、水漏れでもない。」


「じゃあ……なんで聞こえたんです?」


「――観測者が複数いれば、聴覚情報にも干渉が起こる。」


「干渉、ですか。」


久保は曖昧に笑い、鏡を指で指した。


「でも主任、あの目、見ましたよね。」


斎藤は答えなかった。

記録用端末のログを確認する。


ノイズ混じりの文字列がひとつ。


FROM INSIDE (00:00:12)


「……昨日の時間か。」


入力していない。

自動生成の形跡もない。


それでも、確かに記録は残っていた。


ガラリと扉が開く音。

伊庭が白衣を羽織ったまま、ゆっくり入ってきた。


「主任、もう実験はやめてください。」


「どうした、体調は。」


「治りました。でも……。」


彼女は鏡を見ないように視線を落とした。


「夢を見たんです。鏡の中に、わたしたちが立ってる夢。でも、鏡の向こうの“わたしたち”が、先に笑った。」


斎藤の手が止まる。

久保が息を呑む。


「夢は記憶の整理だ。」


斎藤は冷たく言い放つ。


「偶然だ。」


「偶然じゃありません。あの鏡、まだ動いてます。」


伊庭は鏡台の下を指差した。

そこに、水滴がひとつ。


乾いた床に、音もなく落ちる。


――ぴちゃん。


斎藤は即座にカメラを構えた。


「照度三。強光照射。」


「主任! 強すぎ――」


光が鏡に当たる。

白い閃光が弾けた。


瞬間、研究室全体の蛍光灯が一斉に明滅する。


バチッ。


視界が白に包まれ、耳の奥で高音が鳴った。

光が収まると、鏡面に何かが残っていた。


黒い影。

肩から上の輪郭。


しかし反射しているはずの人物は、斎藤ではなかった。


「……主任?」


久保が小さく呟く。


「……誰だ、これは。」


鏡の中の男が、こちらとまったく同じ動作で顔を傾けた。

だが、その口だけがわずかに遅れて動く。


音はない。

それでも確かに、形が読めた。


> 「見ている。」


久保がよろめく。


「主任、聞こえましたか? 今、声が――」


「録音を回せ!」


斎藤は叫んだ。


機材が唸り、ランプが点灯する。

だがすぐに、異音が混じった。


ノイズの海の中で、声が重なる。


> 「見ている……見ている……」


伊庭が耳を塞いだ。


「止めて、主任、これ……違う!」


「観測対象の反応だ。止めるな!」


「違います、“観測者”が見られてる!」


斎藤はふと我に返り、電源を切る。

音が途絶える。


鏡の中の影は、もういなかった。


しばし、三人の呼吸だけが部屋を満たした。

久保が低く言う。


「主任……この実験、まだ続けるんですか。」


「――当然だ。」


斎藤は鏡に背を向け、ノートを開く。

ペンを走らせながら、呟くように言った。


「視ることが恐怖になるなら、それこそ解明すべきだ。」


その背後で、再び小さな音がした。

――ぴちゃん。


机の上、ノートの余白に、黒いインクがじわりと滲む。

誰も触れていないのに、文字が浮かび上がっていく。


00:00:12 FROM INSIDE


伊庭が凍りついた声で囁く。


「主任……それ、書いてませんよね。」


斎藤は息を呑み、ゆっくりと鏡の方へ振り返った。


鏡面には、さっき消えたはずの影が戻っていた。

――そして、笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ