4話
往くのはアヴル帝国城下町。手を引かれるバハラムは明らかに浮いて見えた。
全体的に茶色がかった白い布製の服は妙に膨張し、表面は黒い斑点が疎らに付いている。
周囲には整った衣装に身を包む人々。痴態を晒していると感じたバハラムはコーレルの手を振りほどく。
「もう大丈夫です!」
コーレルは特に気にすることもなく、バハラムの言葉を無表情に待つ。
「レザリオです、バハラム…レザリオ」
「ああそうだった、レザリオ。久しぶり」
これは演技であり確認。彼女と俺が知り合いだと周囲に認識させる意味もある。
「とりあえず着替えだな…着いてきてくれ」
「はい」
大通りを進みながら、隣を歩く自分より背の高い彼女に問いかける。
「空を覆うあの壁はなんですか?」
帝国内は常に闇が支配している。巨大な半球状の何かが、国全体を隠すように存在しているからだ。
天井や壁の隙間から光が刺し陽だまりは存在するが、割合は半分以下だろう。
「ゼアーマ。神のかさぶたなどと言われている。200年前、アジが天に昇った時に落ちてきた。と言われているな。レザリオは教わっていないか?」
聞き馴染みのない名前が並ぶ。鯵?魚?魚が天に昇った??
この脳に刻まれたモノは何となく、この世界の知識が薄っぺらく感じていた。大雨林で活動していた時も、読む単語全てが新鮮だった。
だから、人との交流で1つ確認したいことがあった。
「そうですね。あれが落ちてきたりしないんですか?」
「ある。直近だと一昨日、私の家の近くに」
下敷きになったら終わりだな…
「よくそんな所で住んでいられるね!」
リーサが言う。最もだ。何か意味があるのかもしれないが、ここに長居するのは正しい選択とは言い難い。
「かさぶたは粉状になってはらはらと中に舞って落ちてくる」
相槌をはさんで口を開けようとしたらコーレルが先に語りかけてきた。
「ところでその大剣は?」
突然声色が変わる。
明らかに早口で興奮を自制しているのが分かるほどの表情で。
「…よく分かりません」
「そんな訳ない!私が見たこともない剣だ!新しい勇器か…?それとも譲り受けたもの…?」
自分の世界に入ってしまった。
ブツブツと独り言を続けるコーレルの発する単語で確認した。『勇気』とはイントネーションが違う、恐らく知らないモノだ。自分はこの世界の知識が全くないと断言していいだろう。
それはバハラムにとって好都合だった。彼は吸収力が強く好奇心旺盛だからだ。
「その程度の知識でよく生きて来られたな」
感心したような声色だったが、コーレルのその一言が心に突き刺さる。
「ああすまない、勝手に詮索して酷いことを言ってしまった…こういうのはスフィーラーの方が適任だな」
「?」
「こちらの話だ、とにかく向かおう」
どこへ向かうのかも分からずコーレルの後を着いていく。
国を端から端まで歩いた。「疲れていないか?」と聞かれたが、大雨林での生活もあって鍛えられたおかげか、それとも全身が麻痺しているのか、体は全く疲労を感じなかった。
着いたのはお城の裏にある詰所といった感じの建物。建物に囲まれた砂地帯は広大でその奥には海が見える。遠くには別の詰所が見えた。
詰所は縦に短く横に広い一階建て、敷地を贅沢に使う作りだ。
ここら一帯は日がよく当たり、訓練に勤しむ兵がよく見えた。
「ここにしよう」と適当な部屋に案内されると、ちょうど中から人が出てきた。
「コーレルさん!お疲れ様で、す……」
その人は俺と同じくらいの背丈で、上半身裸の彼はお世辞にも鍛えられた肉体とは言えなかった。かといって贅肉が目立つわけではない。標準的と言うのが適切だ。
ジロジロと彼の体を見ていたバハラムの背をコーレルが軽く叩く。
「シィドウ。今日から兵団に入ることになった」
「バハラム・レザリオです…」
据えた目でバハラムを観察した後、シィドウと呼ばれたやや幼さの残る顔の彼は2人を何度か見比べてから挨拶した。
「帝国兵団第二部隊所属っ、スランハ・シィドウです!」
何か怯えるような感じで、両腕を真っ直ぐに下ろし姿勢を正した彼はぎこちないまま自己紹介する。
「人見知りだ、気にしなくていい」
「コーレルさん!」
言わないでください!と続けるシィドウを無視してコーレルが提案する。
「これから戻るならバハラムに着替えを用意してやってくれ」
「任せてください!」
「それでは頼む」
遠ざかっていく砂を踏む音でバハラムはふと思い出す。
「ま、待ってください!」
「どうし……」
呼び止める声でコーレルも気づいたようだ。
「そういえば、どういった事情で…」
言葉に詰まった様子のコーレルを見て、バハラムはすぐ回答する。
「話してなかったですよね…。兵にしてもらえる、という事です…よね?」
「ああ」と言ったコーレルは「今度話します!」という元気な返事を聞いてその場を去る。
奥の部屋にいたシィドウに「あの」と声をかけるが、背中を向けて無言のまま。防具を見比べて唸っている。
防具立てから外した胸当てをバハラムの胸部に合うか確認し、最適なサイズを選別する。
「マグかヘルゴツどっちがいいですか」のように、防具の種類を何度か聞かれたが、よく分からないので適当に言った。
やがて揃った装備を床に置いた状態で、ようやくシィドウが目を合わせてくれる。
「どういう関係ですかあ!?コーレルさんとお!!」
シィドウが胸ぐらを掴み問い詰めてくる。
世界が揺れる。
「うわ何だこの服う!ドロドロしてるううう!!」
面白いやつだと思った。
兵団用浴場に案内されたバハラムはシィドウと一緒に湯船に浸かる。
厘に入った光を放つ水晶が四隅に置かれ、軽い蜃気楼を見せる。
「なあんだ!知り合い!あっ、まあ言われてみればそんな感じでしたもんね!ね!」
意外と喋るじゃあないか。そう思った。
着替える前に体を綺麗にするべき。シィドウが言わなければ、体の汚れがそのままでいた。
この状態で防具を着込んだら蒸れた体がもっと酷い有様になるだろう。と考えていたから、とても助かった。
「……」
「どうしました?」
「バハラムは何歳ですか?」
……?
…何歳なんだろう。
「15くらい?」
シィドウが当てようとするが、答えは不明だ。リーサに聞けばいいのだが、大剣や荷物は全て詰所に置いてきた。
「少し外にいた時間が長くて、後で言います」
「ん」
急に冷めた反応。察してくれて助かるが、すぐ切り替わるシィドウに慣れるには少し時間がかかりそうだ。
「…その体も、そういう事だもんな」
「まあ」
さっき初めて気づいた。体を洗っている時、鏡に映った自分の体がとても傷んでいることに。
脚は青黒くなっていて、捻挫の跡も残っている。腕も同様に。
肩や頬には沢山の、枝が引っかかった時の擦り傷を治した皮膚が開花している。
それでも、不格好な体には筋肉がしっかりとついていた。軽くなったとはいえ大剣は何度も振りかざしたし、泥濘に取られないように踏ん張った数は幾重にもある。
「でも、兵団に入ろうとするバハラムの努力は尊敬できる」
歯がゆい気分になったバハラムは無言のまま湯船を出た。
日は傾き初めていた。訓練場に来た2つの影が強く伸び、城下町側は既に闇が殆ど支配している。
沈みゆく太陽を見て水平線はこんなにも綺麗なんだな。と、海を見て2度目の感動を抱く。
「来たか」
コーレルだ。
「今日の訓練は終わったから普段着で良いというのに」
「彼を連れて来る上で、この方が良いかと思いました!」
「肩の力を抜いていいと、いつも言っているだろう?」
会話からシィドウは人一倍真面目だと伺える。
「ところで何をするのですか?」
「試験だ」
「ふむ…」
あまり気は進まない。
「と言っても合否などはない。実力を見たいだけだ」
シィドウが竹刀を寄越す。
「竹刀?」
「よく知っているな」
意外な道具の登場。知っている物だけに驚いた。
「見るだけだ、そこで指示する事をやって欲しい」
なるほど、試験というのはそのままの意味のようだ。
「分かりました。いつでも大丈夫です」
「よし、じゃあシィドウやってみるか」
「は、はい!」
コーレルが監督、シィドウが出題という役回りで試験は行われた。
抜刀、納刀、素振り…基本的な動作を数回。繰り返していたら日は沈んでいた。
シィドウが浴場にあった物と同じ光源を用意し、訓練場に微かな陽だまりを作る。
「…基本姿勢、動作。共に不十分だな」
「え」
シィドウが声を洩らす。
何となくそんな気はしていた。期待などは端からないが、そう言われると気分は沈む。
「だが、本物の動きだ」
「…!」
シィドウの表情が、バハラムの感情を体現するように変わる。
「入団を許可する」
「おお」
「反応薄いぞバハラム!入団をもっと喜べ!」
「元から入団させるつもりだ」
「っ、コーレルさんっ!」
合否などは無いと言っていた。彼女が嘘をつく人には見えなかったから、淡白な反応しか出なかった。
「さっき言ったことは?」
「私の目が衰えていないかの確認」
コーレルは先に陽だまりから出る。
「君を試した。というのもあるけれど」
残されたバハラムはシィドウと共に詰所に戻る。




