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3話

 円滑に物事を進めるには話題がズレることもある。物語はアヴル帝国の兵団に在籍する、とある人物に移る。

「お呼びでしょうか、メイド長」

「ファズで構わないと、いつも伝えております。兵長殿」

 入城する国民が真っ直ぐと伸びる2階への階段を登っていく。

 彼らはその右脇で佇むメイド長と一人の兵を一瞥しながら左の方へ消えていく。

 腰に細く長い鞘に入った剣を携える兵長は小難しい顔で眉間に指を当てる。

「あなたが姿勢を崩さない限り、私も依然として変わりません」

「…本題から」

 普段からこの場で会話をするのだろう。召使いに案内される国民や、待機する召使いが2人のことを気にする様子はない。

 しかし事が重要なのか、メイド長は小声で喋り出す。

「トワン村が襲われたと」

「どこだ?」

「南の、ツミカ山脈最東部にある高原に構える村です」

 ふむ、それで?というように兵長は頷き、小声で続ける。

「バハラムという少年が、入団希望で来るそうです」

「……?」

「以上です」

 兵長は首を傾げながら、その場を後にする。


 実に4ヶ月。バハラムは大雨林をようやく脱出した。

 洞穴での海理竜との遭遇以来、危機に直面することもなく、鮮明な記憶は数日前に2度目となる翡翠色の甲殻の竜を目撃した位だった。

 当然隠密行動を心がけていた。竜との対峙は可能な限り避けようと決めたのは、完全版資料とは別にあった「冒険者指南書」というギルドが発行しているものに記載されている内容の教え。

 水平線の向こうから朝焼けが差す。

 曇天越しではなく、陽光を直視したバハラムは感動しつつ帝国を視認する。

「もしかしてあれが」

「どれ!?」

 リーサの視覚は人のそれとはだいぶ異なっていた。

 常に傍にあるバハラムの心臓が赤く脈打つのは感じ取っているが、突然感じ取れるものが増えるらしい。

 彼女いわく視えるものは景色ではなく、血色とのこと。

 大雨林にいた時、たまには珍味を試したいと思ったバハラムが小さな蟹を食べようとした。掌の上で暴れるそれをリーサは「青い」と言った。

 実際、甲殻を砕いてミソを取り出すと青い血が流れた。

 だから、右手を海岸沿いに歩いているバハラムが、リーサが突然「12時の方向に…赤茶色!」と言っても驚くことはなかった。

 大地が隆起して、つぶらな瞳が一瞬顔を出す。

「…知らない魔物だ」

 バハラムは大雨林に生息する魔物をすべて把握している。

 この先、どんな脅威が待ち受けるか分からないと判断した彼はイアースにおいて聡明と評価される。

「ねぇ!どんなやつ!どんな!?」

「モグラだ、大きいモグラ」

 爪で土を掻き分け全身が青空の元に晒される。土を被っているが皮膚が茶色いため目立った汚れはない。

 這いつくばった姿勢のソレが全身を地上に出すと、バハラムの身長とモグラの頭部の全高は同じくらいだった。

「睨まれている、恐らく戦闘に入る」

「ん!」

 こう言っておけばリーサはある姿勢を取るそうだ。

 剣を振ると、舟に乗っているような感じらしく、落ちることは無いがとても揺れるらしい。そしてリーサはそれがあまり心地よくないらしい。

 距離を詰めることもなく大剣を構える。

 天に切っ先を向け、勢いよく真っ直ぐに地面へ振り下ろす。モグラからすれば戦闘前の準備運動をしているように見えるだろう。

 地中と地上で巨大な爆発が一瞬で発生し、何かを特定の条件とせずバハラムの眼前で連鎖する。

 燻った地盤がひっくり返りモグラが叫ぶ。

 その肉体は原型を留めず、燃えカスは潮風に乗って消え去る。

 後には巨大な蛇が這ったとも、小さな隕石が落ちたとも言えるような黒ずんだ跡が残った。

「振り加減もだいぶ分かってきた」

 大雨林にも似た形跡は確認できる。バハラムは何度も大剣を振り、爆発の加減を掴んだ。

「今日中には着くかな、まだ朝だし」

 浜辺に寄り道しながら彼は目的地へ向かう。


 話は兵長と呼ばれる女性、コーレル・フィーリアへと移る。

 帝国の日課の1つである会議で招集を受けていた。

 場所は円卓のある広い部屋、赤い絨毯とシャンデリアが豪華絢爛を彩る。

 会合する人物は決まっており、国王、王妃、兵長、護衛兵長、各大臣の計13人である。

 しかし大臣は多忙につき全員が集まることは少ない。この日も内務大臣と環境大臣は欠席していた。

「内務大臣に関しては仕方あるまい、彼が逃亡したのだから」

 外務大臣であるアヴル・デアランは国王の次に年長者で、最近は実質的な国王と言われている。

 というのも、現在のアヴル帝国ではとある問題が発生しているからだった。

「戴冠式を行い、めでたく国王となったはずなのに、何故ラグ殿は……」

「聞けばペットのレーディスも連れて行っているそうではないか」

 他の大臣も愚痴まがいの嫌味をこぼす。

 陰気な空気が漂い始めた頃、空気を変えたのは遅れてやってきた国王代理。

「リンナ殿下!」

 嬉々とした表情で彼女を呼ぶのはコーレル。

「皆様どうされたのですか?」

「いえ…」

 アヴル・リンナ。国王であるアヴル・ラグの国王代理であり、その妹。

 赤い髪は後頭部にリボンで束ねられており、赤い目と瞼は化粧の類を加えていないが、王族として育てられ品性が育まれた眼差しは慈愛を宿す。

 薄い朱色のドレスが身を包み、華奢な彼女の全身をつま先まで隠す。

 気品のある所作で、小間使いの引いた椅子に腰を下ろす。

 大臣は気まずそうに口を窄めると、段取りを決めていたように戦務大臣が語り出す。

「リンナ様。ラジットでございます」

「ごきげんよう」

 この場においてはふくよかと表現するのが適切な体型、正装に身を包むアヴル・ラジットはリンナの返事を頂戴すると続けた。

「ホーガルのミロク国と冷戦状態にある我が国ですが、本日でちょうど30年をむかえました」

「まぁ」

 社交辞令。リンナは手を当て反応してみせる。

「存じておいででしょう、この歴史を」

「ええ、祖父には沢山の知見と愛を注いでいただきましたので」

「約12年前。戦務大臣に就任した私なりに策を講じてきたつもりです」

「ええ、存じております」

「ですのでーー」

「なりません」

 リンナがラジットの言葉を絶つ。

「分かっておいででしょう?祖父が、あの日どんな辛い思いで、覚悟を持ってこの国を残したのか。まだ生きようと決心したのか」

「勿論です」

「ならば今しばらく我慢して下さい。イヤイヤラジット」

「その呼び方はやめていただけますか…リンナ様」

「ふふ」

 軽い冗談を交わす2人を皆気にする素振りはない。互いの関係を把握しているからだ。

「リンナ様、コーレルです」

 リンナはラジットと対面する人物へ向く。

「フィー。どうしたの?」

「大した要件では無いのですが、既に聞き及んでいましたら聞き流してください」

「分かったわ」と返事をもらいコーレルは続ける。

「近日中に兵が1人増える予定です。名はバハラム」

 その名を聞き反応したのは、部屋の隅にあった壺型の杯。倒れる勢いで壁にもたれかかり、独りでに姿勢を直す。

 すると底から水蒸気のようなモヤが現れ人の顔を形作った。

『今の名は本当か?』

「お祖父様!」

「前国王様…」

 モヤはコーレルの方へ伸び再度尋ねる。

「はい、確かにバハラム。と」

『男か?』

「…少年です。リンナ様と同じくらいかと」

『……』

 しばらく宙で停滞したモヤが告げる。

『後で個人的に話そう』

「承知しました」

 モヤは霧散し、会議は滞りなく進んだ。


 少年は嘆いた。世の中の仕組みを、無知へ与える暴力的で無価値な政体に。

「なぜでぇす!!」

「身分証をお持ちでないからです」

 既に3回目のやり取り、アヴル国へ入国するには手続きが必要。

「改めてお伝えします。1つ、個人を証明する義務があります。2つ、冒険者組合及び旅団に所属するならば目的を述べる。または入国書の所有、及び提示いただくこと」

「知らねぇよ!!」

「これらを保有しない限り入国は認められません。なお私は派遣傭兵のため保有しておりません」

「聞いてねぇよ!!」

 クソっ!同じことしか言わねぇ!他の門兵は関所の中で休んでいるし!

「なぁ頼む!」

 バハラムはどうしても帝国に入りたい理由があった。

 それは海辺を歩いていた道中、初めて大剣に触れた時のような酷い頭痛が突然起きたことによる。

『アヴル帝国へ』

 聞き取りづらい声。人が喋っていたとして、水中で声帯が燃やされているような…何とも表現しがたい声だった。

 頼りがこれしか無かった。それにまともな睡眠と食事を取れていない。

 兎にも角にも文明の発達した場所で落ち着きたいという気持ちで溢れていた。

「……私は傭兵です」

「…さっき聞いたよ」

 彼がどういう意図でその発言をしたのか理解できなかった。バハラムがそういう顔をしていたのを見て彼が改めて言う。

「傭兵は金で雇われるものです」

「…………あぁ」

 バハラムは気づく、自分がバカだと。いや、思っていたより無知なのだと。

 しかし残念なことにバハラムは資金を持っていない。ウウィッテのバッグの中にそれらしき物はなかった。恐らく俗世を捨てて単身で大雨林に入ったのだろう。

「…代わりになるものはあったりしません?」

「金は金です。何にも代えられません」

「はぁー……」

 諦めた。あの声はきっと天啓だったのだろうけど、俺は聞いていない。うん、聞こえていないフリをしよう。きっと神様も見逃してくれる。だってどうしようも無いだろ。俺は一生大雨林で野生児として生きるよ。

 ブツブツと言いながら遠ざかって行くバハラムを見送っていた傭兵の肩を叩く人物が現れる。

「レザリオ。何か近づいてくるよ?」

「モグラかなぁ!?」

「…モグラではない」

 土と湿気が詰まった耳に吹き抜けるような声が通った。

 そしてその声はとても綺麗で、初心な少年は予想だにしない恵みを受けたかのように地面に倒れ、その人物から距離を取る。

「ひぃぃぃ!!誰ですか!!」

「…バハラムで間違いないか?」

「え、どうして?」と言ったつもりだった。しかし実際に出たのは。

「そうですけど!迎え遅くないですか!!」

「…あぁすまない。行こうか」

 女性は倒れたバハラムの手を取り歩き出す。

 あれ、俺なんでこんな美女と手を繋いでいるんだ。なんでこんなに心臓が跳ねている。おい!リーサ!俺今興奮しているぞ!!

「レザリオうるさいよ〜」

「ええええ!?何これ!?」

「なっ、なんだ?」

 気づいたら目の前に先程の傭兵がいた。

「あぁ!門兵さん!ご苦労様です!」

 いかんいかん。俺の身に何が起きた?とりあえず冷静になれ、バハラム・レザリオ。

「え、ああ。コーレルさん、彼の名前だけよろしいでしょうか?」

「バハラムだ、バハラム…マリバン」

「レザリオだよ!」と言ったのはリーサ。本人はコーレルと名乗った女性に任せれば良いと思い黙っていた。

「彼身分証を持っていないので、発行をお願いします」

「ん、そうだったのか、まだ時間に間に合う。マリバン行こう」

「レザリオだよ!!」

 リーサうるさい。と言いたかった。そして抑えたはずなのに

「うるさい!?酷いよレザリオ〜…」

 さっきからだ。喋っていないのになぜ…。

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