第四話:これって姉弟愛? 友情? いいえ、ただの飼い殺しです①
意外に思うかもしれないが、僕はリナ姉さんに本気で怒ったことが一度もない。
姉さんは、僕の不満のボルテージが頂点に達したり、体力が限界を迎えたりするタイミングを見計らって、急に優しくなる。その「飴と鞭」の使い分けは、もはや天才的と言っていい。
「よし……これで、百個目だ」
ある夜、僕は姉さんに頼まれていたバザー用の小物製作をようやく終えた。
達成感と同時に強烈な睡魔が襲い、僕は道具だらけの机に突っ伏して眠りに落ちた。
微睡みの中で、誰かが僕の肩にそっと毛布を掛けてくれた感触がある。
「シオン、いつもありがとう。私がこうして好き勝手できるのは、全部あなたのおかげよ」
耳元で囁かれたその声は、ひどく穏やかで温かかった。
……けれど、それはもしかしたら、都合のいい僕が見た夢だったのかもしれない。
また、別のある日のこと。
最近は父さんまで調子に乗って、僕に領内の実務を振ってくるようになった。机に積み上がった書類の山を前に、僕はせっせとペンを走らせる。
だが、使い古した安物の万年筆は、近頃めっぽう機嫌が悪い。ガリガリと紙を削るような感触に溜息をついていると、背後からリナ姉さんが現れた。
「これを使いなさい」
差し出されたのは、見たこともない最新式の高級万年筆だった。
鈍く光る軸に、精巧な装飾。僕は思わず姉さんの顔を見返した。
「……姉さん。これ、ちゃんと真っ当な方法で手に入れたやつだよね?」
「失礼ね! 当然よ」
半信半疑でインクを吸わせ、紙に滑らせてみる。
——驚いた。今までのガラクタとは比べものにならないほど、滑らかで、指の一部になったかのような書き心地だ。
それにしても、どうやってこれを入手したんだろう。僕らのお小遣いじゃ到底無理だし、ケチな父さんが買ってくれるはずもない。となると、大金を出せるパトロンは……まさか、あの「傲慢皇子」か?
「姉さん、ありがとう」
僕は少しぶっきらぼうに礼を言った。
リナ姉さんは、それこそ絵画の天使のような微笑みを浮かべている。
……けれど、僕は知っている。この先に続く言葉を。
「それで。今度は何をして欲しいんだい、姉さん」
「うふふ、実はね……」
これだ。この絶妙な報酬と、その後にセットでやってくる過酷な依頼。
全く、うちの姉さんは天使なのか、それとも僕を一生手放さない気のアクマなのか。




