表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/25

第十九話:ノーザン男爵家別邸 〜エリスさん〜

 僕は緊急の用件だと職場に告げ、数年ぶりに仕事を早退した。隣を歩くのは、肩まで髪を切り、覚悟を纏ったエリス様。

 向かった先は、王都の片隅にあるノーザン男爵家の別邸だ。

「……驚かないでくださいね。別邸とは名ばかりの、裕福な庶民か商家の家と変わらない場所ですから」

 案内した先は、上位貴族の豪華絢爛な屋敷とは比べ物にならないほど小さく、実用的な作りの住宅だった。

 扉を開けると、長年ノーザン家に仕えている世話係の「ばあや」が顔を出した。

「ばあや、急で悪いんだけど、今日からこの方にしばらくここに滞在してもらうことになった。訳あって行く当てがないんだ。世話を頼めるかな」

「おや、まあ……。シオン様が、こんなに美しいお嬢様を連れてくるなんて」

 ばあやは最初こそ腰を抜かさんばかりに驚いていたが、すぐに状況を察したのか「お任せください」と快諾してくれた。ただ、僕を見る目が妙にニヤニヤとしていて、非常に居心地が悪い。エリス様の正体については、混乱を避けるため「訳ありのお嬢様」とだけ伝えておいた。

 二階の空き部屋へと案内し、リナ姉さんが置いていった服が詰まったクローゼットを開ける。

「姉さんの服ですが、これを着るのは嫌ですか? 機能的な部屋着もありますが……」

 そこには数着のドレスの他に、学生時代に多くの男たちを魅了したであろう、庶民的ながらもお洒落で可愛らしいお出掛け着が並んでいた。

「いいえ、嫌だなんて。リナ様のお召し物を貸していただけるなんて、光栄ですわ」

 エリス様はリナの服を愛おしそうに見つめていたが、ふと真剣な表情で僕を振り返った。

「シオン様……お願いがありますの。私はもう、公爵令嬢という立場を捨てました。ですから、どうか私への『様』付けはやめていただけませんか?」

「……ええと。では、エリス、さん?」

「はい。……ふふ、ありがとうございます、シオンさん」

 気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに微笑む彼女、エリスさん。

 かつての「エリス・ヴァレンシュタイン公爵令嬢」という鎧を脱ぎ捨てた彼女は、リナ姉さんの可愛らしい服に包まれ、一人の女性として僕の前に立っていた。

 質素な別邸に、二人だけの穏やかな夜が訪れる。

 だが、この静寂は、明日から始まる「国家を揺るがす実務」の前の、最後の休息であることを、僕たちは知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ